Calendar
SunMonTueWedThuFriSat
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
New Entries
Archives
Categories
Recent comment
Recent trackback
パイオニアKURO
Profile
Links
Sponsored Links
Mobile
qrcode
Admin
無料ブログ作成サービス JUGEM
Seach this site
2007.12.17 Monday
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
2007.12.17 Monday
お台場の異業種交流会に無料招待いたします!

下記日程で、異業種交流会をお台場で行います。
ダウンタウン松本さんの兄さんをはじめ面白い出演者ばかり。
ニフティのビジネスチームも参加しますので、ぜひとも名刺交換かねて参加ください。

参加希望者は、「異業種交流会参加希望」の件名で
お名前フルネームと希望人数を明記のうえ、
terryueda@gmail.com まで返信願います。
当日の15時まで受け付けいたします。
入場無料(飲食代有料 ファーストドリンク必要 500円〜)で参加いただけます。


________________




2007 12 19 [Wed]
100人の社長シリーズvol.3
恒例!100人の社長シリーズ!第3弾 年忘れお台場異業種交流会! 

Open 18:30 Start 19:30 End 21:30 (予定)
会場:東京カルチャーカルチャー(http://tcc.nifty.com/ )

 ファーストドリンク代(500円〜)は、必要になります。


恒例の社長交流会シリーズ第3弾は、オモシロサービスを提供するオモシロ社長や取締役を迎えて送る年忘れ異業種交流会!
IT関係、証券、ベンチャーキャピタル、出版、医療などなど毎回多業種の交流の場になってますので、お気軽にお越しください。
今回は、人気のベビママ向けサービスを行うヒューマックス株式会社松本隆博氏、オモシロオンライン辞書や社会人に聞いてみよラヂオを行う株式会社マインディアの西小倉宏信氏、鉄拳を手掛けた川村順一氏、噂のイラストコミュニケーションサービス「pixiv」(ピクシブ)を手掛ける片桐 孝憲氏(クルーク株式会社代表取締役社長)がトークゲストとして登場します!
司会進行は、東京IT新聞記者の植田鉄也。


【出演者】
松本隆博(ヒューマックス株式会社取締役) 
西小倉宏信(株式会社マインディア代表取締役) 
川村順一(株式会社デジタルスケープ営業統括本部ビジネスプロデュース事業部ビジネスプロデュースチーム・エグゼクティブプロデューサー/宝塚造形芸術大学教授) 
片桐 孝憲(クルーク株式会社)

【司会】
植田鉄也(東京IT新聞記者)


【出演者プロフィール】
松本隆博(ヒューマックス株式会社取締役)
ヒューマングループと松下電器産業の合弁会社「ヒューマックス株式会社」を運営しながら、最強の素人(ダウンタウン松本人志氏の兄)のキャッチフレーズでミュージシャン「取締役松本隆博」としても活動。
初エッセイ本「松本の兄」、デビューmaxiシングル「尼崎なオカン♪」が発売中。植田が東京IT新聞で行ったインタビューでは、「東京はアウェイですわ。」と。

植田鉄也(東京IT新聞記者/東京カルチャーカルチャー・プロデューサー)
東京IT新聞、インプレスR&Dなどでネット関連記事を200本以上執筆、多くの社長や開発者のインタビューを行う。
テリー植田として東京カルチャーカルチャーのイベントプロデューサーの顔を持つ。
来年の流行語大賞をとるのが目下の夢。

川村順一(株式会社デジタルスケープ営業統括本部ビジネスプロデュース事業部ビジネスプロデュースチーム・エグゼクティブプロデューサー/宝塚造形芸術大学教授)
1988年に株式会社ナムコ入社。「鉄拳」シリーズや「ソウルエッジ」等のビジュアルデザインプロデューサー、ナムコDHゲームラボ部長(事務局長)などを歴任。2002年より2003年まで、台湾最大手のオンラインゲーム会社の日本法人株式会社ガマニアデジタルエンタテイメントジャパン取締役兼開発部長を経て、2003年7月より、株式会社デジタルスケープに勤務。
文化庁メディア芸術祭の企画展のプロデューサーやゲーム甲子園審査員なども務める。
2005年4月より宝塚造形芸術大学教授に就任。

西小倉宏信(株式会社マインディア代表取締役社長)
2007年に関西大学総合情報学部を卒業。
在学中、情報をキーワード形式で保存することにより、キーワード同士が自動的にリンクされる「Wiki」というWebシステムに無限の可能性を感じ、Wikiとブログの良さをかね合わせた「mindia(マインディア)」開発。同年、その開発を本格化させるために「株式会社マインディア」を設立。
ちなみに在学中は「パンデイロ」というブラジルの打楽器を毎週集まってひたすら叩くという「関西パンデイロ振興会」の会長に就任していた。

片桐孝憲(クルーク株式会社 代表取締役社長)
2005年クルーク株式会社を創業。
主にWebアプリケーションの開発を行い、2007年9月よりイラスト特化型SNS「pixiv」の運営を開始。
「pixiv」は開始から2ヶ月で会員数3万人、イラスト数は15万枚を超えている。現在はさらなる発展を目指し、エンジニアと共に開発を続ける日々。
特技はめざまし時計を使わずに起きること。



| テリー植田 | ビジネス | 16:40 | comments(11) | - |
2007.11.28 Wednesday
46年生まれナイト!!


12月2日(日)に昭和46年生まれナイトやります!きっとこんなイベントは日本初では?!
このブログを読んでもらった方は、なんと入場無料(飲食代は有料になります)!2日午前中まで受け付けしますので、「46ナイト観覧希望」と明記し、氏名フルネームと人数を書いて terryueda@gmail.comまでメール下さい!




2007 12 02 [Sun]

『昭和46年生まれ大集合!46世代ナイト!!』

Open 16:00 Start 17:00 End 19:00 (予定)
前売り券1500円 当日1700円(ともに飲食代別)
※ファーストドリンク代(500円〜)は必要になります。
先着30名に遠足用駄菓子プレゼント!!

会場:東京カルチャーカルチャー(ニフティ運営) http://tcc.nifty.com/

昭和46年生まれ、みんなお台場に集まれ!!ヒゲダンス、ひょうきん族、ヒントでピント、ザ・ベストテン、なめネコ、ガンダム、ラジコン、コロコロコミック、キャンディキャンディ、りぼん、マーガレット、欽ドン、ゲームウォッチ、ロケットペンシル、学校給食、懐かしのオリンピックに紅白歌合戦、花の子ルンルン、クイズダービー、スケバン刑事、甲子園、日本昔話、オールナイトニッポン、ヤンタンなどなど46世代の懐かしのカルチャーをスライドショー、クイズ、トークショーで振り返る、46世代の新しい同窓会的社交場イベントがスタート!!ぜひ、コミュの仲間、同級生、同窓生、家族でいらしてください!


出演:昭和46年生まれの瑞 佐富郎(プロレスライター)
昭和46年生まれのテリー植田(東京カルチャーカルチャー プロデューサー)
協力:昭和46年生まれコミュニティー管理人ミチイト

昭和46年生まれコミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=301326
| テリー植田 | ライブハウス | 21:01 | comments(0) | - |
2007.08.31 Friday
9/7 田中優氏 トークライブ


東京カルチャーカルチャーでのぼくのプロデュース講演です。


2007 09 07 [Fri]

「好都合な真実」
〜地球温暖化/人類滅亡のシナリオは回避できるか〜」

Open 18:00 Start 19:00 End 21:30 (予定)
飲食代のみ!!(ドリンク¥400〜)

話題の著書「地球温暖化/人類滅亡のシナリオは回避できるか」が発売されたばかりの田中優氏を招いた、スライドショーを使った地球温暖化に関する講演会&ゲスト(出演者未定)との座談会

田中優(たなかゆう)プロフィール
1994年に立ち上げた「未来バンク」理事長ほか、多くのNPO活動を展開。
「ap bank」顧問、「日本国際ボランティアセンター」理事、「揚水発電問題全国ネットワーク」共同代表、「足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ(足温ネット)」理事。『地球温暖化/人類滅亡のシナリオは回避できるか』(扶桑社新書)が発売され話題となる。

【出演】田中優(未来バンク理事長、ap bank顧問)
【会場】東京カルチャーカルチャー
    http://tcc.nifty.com/

※東京カルチャーカルチャーオープン記念として今回のみ特別に入場料無料とさせて頂きます。但し当店は飲食店ですので当イベント参加には飲食代のみ別途必要となりますので、何卒御了承下さい。ドリンクは¥400から用意しております。

前売券、予約等はありませんので、そのまま会場にお越し頂ければご入場できますが、もし定員満席になった場合は、入場をお断りする場合もありますのでその点だけ御了承下さい。定員は120名を予定しております。

| テリー植田 | - | 19:34 | comments(0) | - |
2007.08.03 Friday
パイオニアKURO プレミアプレビュー


「Seeing and Hearing Like Never Before」

昨日行われた(富士ソフト秋葉原ビル5階 AKIBA STUDIO)パイオニア新商品発表会「PONEER PREMIER PREVIEW」に参加してきました。
記者・ライターとしてこういう発表会や記者会見に参加することは仕事柄多いのですが、今回は、いちブロガーとしての参加ということで楽しみにして行ってきました。
もともとDJとして、10年ほどパイノニアのCDJを愛用していたし、近所に家電量販店「コジマ」ができたこともあって、テレビの買い替えをしようとちょうど考えていたところでした。シャープのアクオスにするか、パイオニアのピュアビジョンにするかを迷っています、今。

体験にさきがけて、各界の方からのメッセージ映像が流されました。
映画監督のこだわりを再現するための黒の大切さを訴える映像には、あのスパイク・リー監督(「マルコムX」「DO THE LIGHT THING」)が登場しました。
日本からは、阪本順二監督(「どついたるねん」「亡国のイージス」「新・仁義なき戦い」)などが出演していました。

「このプラズマは、映画の色をしている。現場でやろうとしたことが、見える。」
(阪本順二監督)



イベントのコンセプトであり商品のコンセプトでもあるフレーズがこれ。
「Seeing and Hearing Like Never Before」
観たことも 聴いたこともないもの。

観えなかったものが、観えたとき。
聴けなかったものが、聴けたとき。
感動は、新しい何かに触れたときに生まれる。



開発担当者である板倉氏(27歳)が「プロジェクトX」(NHK)よろしく開発苦労エピソードを語ってくれた。手作りの大きなボックスも用意して。説明は、カミカミでとても場慣れしていない感じが逆に誠実さを感じられた。漆黒の黒を再現するための実験が幾度となく繰り返され完成に至ったようだ。
前機種よりもアンプとスピーカーが大改良され、音質が飛躍的に向上したようで、高い天井から降って来たような、教会のバロック音楽のように聴こえるサウンドはなかなかテレビのスピーカーとは思えないクオリティーになっている。スピーカーは、上、横、正面の3面の立体になっており工夫されている。体験コーナーで中世の戦争映画を観たが、火の玉が飛んでくる音は、逃げたくなるような勢いと迫力で迫ってきた。頭上を飛び越えていくような錯覚になったというのはまったくおおげさでないのは、店頭で体感すると分かってもらえると思います。

音楽映像は、マーカスミラーのベースプレイとリー・リトナーのギタープレイを観ましたが、ピッキングの繊細な音がちゃんと立体的に聴こえましたね。50インチの迫力とデジタルサウンドは最高です。家で、観れたらいいなぁ。

これ、ほしいです。
前機種よりも、黒がより深くなっているために、映画のフレームとなじんで、映画そのものに集中できるようになったのが大きい変更内容でしょう。そして、さらに、映画館で観るよりもより身近で劇場体験ができるシステムになったと思う。

ちなみに、第一号機は、10年前の1997年、長野オリンピックの時にプラズマテレビがパイオニアから発売されたとのことです。10年の進化はすごいです。
やっぱり、前機種と比べると、違いがわかり欲しくなります。市場価格がどれくらいになるかが、僕にとっては一番問題でしょうか。
今、一番欲しいプラズマテレビは、
「パイオニアKURO ホームシアターシステム」に決まりです。

参考記事
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0708/02/news104.html
| テリー植田 | ビジネス | 13:57 | comments(0) | - |
2007.07.20 Friday
「東京カルチャーカルチャー」オープン!


ぼくがプロデュース・ブッキングするライブハウスがお台場にオープンします。
「ネットとリアルをつなぐ」交流の場として新しい試みに挑戦します。
飲食をしながら、音楽ライブ、お笑いライブ、社会貢献的なイベントなどの
エンターテイメントを楽しんでもらえるゆったりとしたスペースです。
8/17オープンで、現在、多くの方と出演交渉中です。

スタッフ日記なども更新中ですので、チェックしてください。
http://tcc.nifty.com/

プレスリリース
http://www.nifty.co.jp/cs/07kami/detail/070717003254/1.htm
| テリー植田 | ライブハウス | 15:28 | comments(0) | - |
2007.06.30 Saturday
東京IT新聞が無料購読


毎週、連載記事を執筆しているIT企業向け新聞です。
日経新聞やアエラのインターネット・IT版といったテイストです。グッド
個人でも会社でも無料購読OKです。無料
下記サイトで執筆記事読めます。(植田鉄也名義)



ITに特化したオフィス配送スタイルのタブロイド紙「東京IT新聞」。フリーペーパーは数多くありますが、独自のスタイルと他にはないパッケージが話題の新聞メディアです。昨年8月8日に創刊し、現在4000社/65000部以上の読者を獲得し、購読社数は日々増え続けています。当サイトにて、無料購読の申し込みを受け付けており、サイトからお申し込みいただくだけで、毎号お届け致します。購読料・配送料は無料ですので、ぜひご購読ください。



媒体名 東京IT新聞

欧文 THE TOKYO IT NEWSPAPER

版型 タブロイド版(490×297ミリ)
12頁 モノクロ/カラー (カラー1、6、7、12面)

発行日 毎週 火曜日

配布形態 コントロールド・サーキュレーション (申し込み制)

配布地域 日本全国

定価 無料 (購読料・配送料とも)

購読部数 65,000部

創刊日 2006年8月8日

発行 株式会社トレンドアクセス / 東京IT新聞

http://itnp.net
| テリー植田 | フリーペーパー | 11:37 | comments(0) | - |
2007.06.23 Saturday
逮捕直前!外山恒一インタビュー


熊本の破壊坊主か?!それとも、パンク革命家?!

獄中生活、乱立する高円寺のメディア&ストア「素人の乱」
との交友関係、都知事選挙出馬を経て、熊本⇔東京で煩悩を捨て妄想することとは?!
今最も注目されるアンタッチャブルな革命家・外山恒一氏が静かに吠える。
逮捕直前、インタビュー!
(聞き手:テリー植田 場所:ZATTS CAFE)


外山恒一さんをご存じない方は、まずこちらを!
http://jp.youtube.com/watch?v=l2C9lv5t0yQ&mode=related&search=

テリー:今は、熊本在住ですか?

外山:そうですね。熊本出身ではないんですけれども。

テリー:鹿児島ですよね?

外山:実質的には福岡なんですよ。鹿児島は生まれたところです。

福岡には4歳からいるから、20年以上は福岡ですね。

テリー:熊本に本拠地を置いたのは何か理由があったんですか?

外山:獄中に2年いまして、出た時に行き場がなくて、それまでは福岡で一人暮

らしをしていたんです。行き場がなくて困っていた時に、実家が鹿児島に移って

いたので、鹿児島の実家に行くか、友達のところに転がり込むか迷って。そしたら

熊本の友人が「うちに居候しないか」と持ちかけてくれてそれ以来熊本で生活

しています。最初は友人の熊本の家に居候していたんだけど、現在はもう部屋を

自分で借りて。東京に来る時は高円寺に滞在していますね。

テリー:都知事選の反響とかあったと思います。同志を探されてるということをよく言われていますが、都知事選以降何か変化がありましたか?

外山:今後仲間を集めるのに必要な知名度を上げるというのが都知事

選の目的ですから、それをまんまと達成しましたね。まだ具体的な形にはなってい

ないんだけども、例えば東京でのちょっとした交流会や飲み会であれば20〜30人はバッと流れてくる感じですね。

テリー:集まる人たちというのはどういう人たちですか?

外山:ほとんどは都知事選をきっかけに興味を持ってくれた人ですね。

テリー:東京の人たちってことですか?

外山:そうですね。世代も出身もバラバラ。20歳前後の人もいるし、僕36歳ですけど、僕よりちょっと年上の40歳前後までいます。

テリー:僕も36歳です。僕は奈良県出身で東京に出てきて11年ですが、いずれ故郷に戻って何か起こすのか、それとも東京で何かやっていくのかということをずーっと考えていて。僕の田舎自体は奈良県の材木の町とか万葉の町なんですよ。近辺に卑弥呼の墓があっ

たり、そういう場所で育ってきて。

外山:卑弥呼は九州ですけどね。(テリー&外山:一同に爆笑)

テリー:僕らは九州と畿内ですね。邪馬台国論話すと長くなりそうですね。(笑)

奈良の桜井は、産業が死んでいて、大阪のベットタウンでしかなくて。

将来、そこに自分が戻った時に何ができるのかと考えた場合に、非常に難しいなと。

外山:例えば、奈良県に戻って文化的なことを始めようとしても、それを受け入

れる層がないでしょ。僕が九州で塾をやるというのも、ここ20年近く九州で活動

を続けて、それまでは「面白いヤツを探す!」という感じだったんだけれども

、「いない!」というふうに断念したんです。面白いヤツは育てるしかないと。

最低限、多少センスがあれば面白がれるようなことって世の中いっぱいある訳

じゃないですか。でも地方だとなかなかそういう情報が入ってこない。そう

いうのを全部、僕が20年近くかけて溜め込んできた知識などの基礎的な部分だ

け半年間で詰め込み教育を行って、世の中にどういう音楽やどういう映画やどう

いう本があるのかっていう基本を押さえれば、あとはそれぞれの力量でいけるわ

けで。そうすると九州にも文化的なレベルの高い若者が育つだろうし、育った人

を隔離して九州各地でその人がさらに人を集めて広げていけばと。何かのシーンに介

入するんじゃなくて、シーンそのものを作っていかないといけないという状況だか

ら、地方は。

テリー:逆にすごいやりがいがある仕事だとも言えますね。僕が外山さんに共

感するのは、東京で何か起こそうというより、自分の街で何かを育てようという発想を

持たれている部分です。それが新しいと言うよりは、本質的な部分というか。

外山:成り行き、といえば成り行きなんですよね。別にそんなに九州が好きな訳じゃないし、どちらかというと九州嫌いだし。ただ、僕が18歳くらいの時に、政治運動の世界ですけど、反原発とか反管理教育とか、そのへんの運動をやっている同世代の17〜8の連中っていうのは全国で散らばっていて、そういう同士がダーッと繋がった時期があるんですね。で、「これは面白い」と。全国各地にいろんな奴がそれぞれに独自に活動していて、それが横に繋がってお互い影響を与え合うっていう関係は非常に面白いなと思って。だからそういう方向を目指してはいるんだけれども、そうやって繋がっちゃうと結局みんな東京に出て行っちゃうんですよね。繋がりがなければそれぞれ地域で頑張っていたかもしれないん

だけど、繋がりができたことがかえって東京誘致を促しちゃう。そういうのが嫌で、九州が好きなわけじゃないんだけども、これで僕も東京行っちゃったら何のために全国ネットワークを作ったのか、っていう話になるんで、そういうこだわりでずっといるだけなんです。

テリー:その発想は面白いですね。九州は東京志向ありますよね。

外山:九州もそうだし、まぁ全国大体そうでしょう。関西圏以外は。

だいたい九州だと、九州から大阪や東京に出るか、九州各地から福岡に出

るか、ですね。

テリー:以前から外山さんに聞きたいと思ってたことなんですけど、僕は奈良県の山や

川の中で育ってきて、飛鳥(石舞台や猿石などが点在する歴史的地域)に自転車で行けるくらいの距離でした。僕は無宗教ですが、信仰のようなものが、例えば大和三山だったり三輪山だったり川であったりします。外山さんにとっての信仰に変わるものって何かありますか?

外山:僕は宗派には属してないんだけど、個人的に仏教徒なんですよ。親鸞と道

元の2人がお気に入りですね。宗派的には禅宗と浄土宗ってことで違うんだけど

、やっぱり一番しっくりくる、あんまり非科学的なところがないのが好きですね

、道元・親鸞は。

テリー:具体的にどういうところですか?

外山:もともと仏教って非科学的な宗教じゃないと思うし、そもそも宗教なのか

というのもあるし。仏教で唯一宗教的・非科学的なことがあるとしたら「生まれ

変わり」ですよね。すべての生命は輪廻転生していると。そんなものは説得のた

めの仮説であって、問題は何かというと『この世は生きづらい・苦しい』という

ことでしょう?仏教をよく分かってない人は、仏教ってのは輪廻転生を信じている

みたいに言うけれども、そうじゃなくて仏教っていうのは輪廻転生をしてまたこ

んな酷い世の中に生まれてくるのは嫌だということなんですよね。で、仏陀なん

かを修行をして、もう二度とこの世に生まれてこないような解脱をしたっていう

話なんですよ。どうすればこの酷い世の中に二度と生まれてこないで済むかというと、過

激にも走らず、日々の事に溺れたりもせず、ほどほどに生きろってことじゃない

ですか。結局、「ほどほどに生きろ」「中庸に生きろ」ということを言っている

だけの宗教で。仏陀自身は厳しい修業をした挙句に「こんな修行なんて意味がな

い」と言ってやめちゃう訳ですよね。仏教ってもともとそういう宗教だと思うんだけど、

親鸞・浄土宗の場合は、その結論だけ教えるんですよ。「ほどほどに生きろ」と。禅宗の場合は、結論はそうなんだけれども、結論だけ教えてもしょうがないだろ、仏陀と同じように厳しい修業をした結果それに至るという話で。だから修行の方法というか、まぁインテリ向けと大衆向けの違いなんですよね。親鸞は大衆向けに語ってるし、道元はインテリ向けに語ってるし。でも結論は同じ。で、元の仏教に近い結論ですよね。もともと日本の仏教なんか、中国に入った時点でかなり歪曲されてますから、それが朝鮮・日本に伝わってきてもっと歪曲されてますから。その歪曲されたところからスタートして結局もとの仏陀の言ってることとほとんど同じ立場に至っているんで。仏教好きだし、あと儒教も結構好きですよ。神道的なものというのは、何となく感覚ですよね。儒教・仏教・神道というと、神道が一番宗教なんだけど、日本語でものを考えている以上日本語の中に神道的な感性っていうのは入ってるんで、感覚的には神道に近いものになるんでしょうね。それこそ僕も古代史の舞台みたいなところで育ちましたから。

テリー:今伺った仏教的なもの・中庸的なものっていうのは、外山さんの過激なパブリック・イメージとある意味正反対ですね。演説とかパフォーマンスは、意図的にフェイクなんですかね?

外山:あんまり意図的ではないんだけど、僕の根っこは仏教的な認識があるんだけ

れども、まぁつまんないよね、中庸に生きてたって。(笑)それこそ別に過激に生きた

ってそれは悪いことではないっていうことでもあるんで、「中庸」っていうのは

。破壊坊主なのかもしれないですけどね。一休さんも過激ですからねー。(笑)

テリー:一休さんは、坊主界のパンクですからね。故郷のアイデンティティは心

の中にありますか?

外山:僕はないですね。むしろ故郷喪失がインテリの基本だと思ってるんで。ど

こにも故郷なんてないというか、故郷から受け入れられない。宗教者はだいた

いそうですけどね、イエスもそうでしょう、故郷では受け入れられない。デカル

トにしてもマルクスにしてもみんな亡命先でものを考えてたりしてるし。僕は故

郷という感覚は全く無いですよね。あるいは、あるとしても否定的な、自分を追

放した場所っていうんですかね。だから九州にこだわってるといっても九州にア

イデンティティを持っている訳ではないんですよ、方言も喋れないですし。九

州で36年、基本的には九州に住んでいたはずなんだけれども、頭の中は完全に標

準語になってるんで。

外山:政見放送で言っていた「少数派」ということとも絡んでるんですけど

、結局自分は「多数派」にはなれないと思っているんですね。でもやっぱり「少

数派」の勢力を築いていかなければいけない。「少数派」が孤立しているとどん

どんやられっぱなしですから。いくら団結したって「少数派」に留まるわけです

よ。「少数派」を九州に全員移動させれば、生態的には「少数派」から脱するこ

とができるんですよ。そういう戦略なんですよね。九州じゃなくてもいいんです

よ、四国とか北海道とかでもいいんだけど、どこかエリアを選んで、そこに「少

数派」を全員移住させる。そうすれば「少数派」といえども影響力がはっきり出

るので



テリー:ブログでも塾の設立について書かれてますよね。

外山:今、開設を目指しているっていう段階で。著作が出れば実現するんじゃないかなと思ってるんですけど。意外と都知事選で知名度が上がったとはいえ、特に大手のメディアはまだ外山をどう扱っていいものかどうかという感じがあって。編集者個人が判断するポジションの人もいるから誰かそういう人を見つけて、なんとか新書で、仮に「僕はこんなこと考えてるんだ」っていう著作を出せれば、塾生も集まってくるだろうし、塾の運営もできるだろうとは思うんですけど。

テリー:塾生とは寝食を共にするんですか?

外山:そうですね。半年間だけですけど。半年ごとに塾生を全員入れ変える。そ

の代り、その塾に入る条件としては、九州からしばらくは出ちゃいけない。

テリー:その間はずっと滞在すると。

外山:半年間は軟禁状態だから当然ですけど、塾を出たあとは、沖縄か九州に行

ってくださいと。塾で身につけた成果を、九州でいろいろ活動することで活か

しなさいと。その条件さえ守れば半年間も食事は保障して、勉強に専念してもら

います。

テリー:志ある人には最高の環境ですね。で、それを街で実践していくと。

高円寺で居酒屋をされる計画があるようですね。

外山:そうなんですよね、どうなるかわかんないですけどね。一旦決定したんですがちょっと問題発生して。

テリー:高円寺ですか?

外山:今のところ中野。僕は高円寺でやりたいんだけども。せっかく都知事選で

僕に興味を持ってくれてるんだけれども、そういう人たちが交流するスペース

が無いんで。それは居酒屋とかがいいんじゃないかなぁと。僕は普段九州にいる

からそこにはいないんだけど、外山に興味を持っている人がお客さんの大半

を占めるという。僕が目指したのはそっちですから、僕の元に人が集まるって

いう訳じゃなくて、僕のこともきっかけにして「少数派」が横に繋がって、何

かいろいろヤバイ企みをしていってくのが僕が望んでいることですから。

テリー:10年20年先のイメージってありますか?

外山:早ければ10年後には九州は独立してるんじゃないかと。もっと先になると、日本が九州とそれ以外に分かれていて、九州をメインにした再統合で。妄想を繰り広げてます。(笑)

テリー:そりゃもう、革命ですね。(笑)

外山:。とりあえず党みたいなものは作ります。外山の運動に参加したいっていう人を九州にきてもらうしかない。例えば、影響を受けた運動は別に全国にあっても、それは僕は責任取れないし、まぁ自由にやってくださいと。僕がどういう運動をやりたいと思ってるかどういうことやるかというのは九州に来ないと分かりません。

テリー:外山さんにとって東京ってどんな街ですか?

外山:あんまり住みたくはないんです。終電を気にしないといけない場所ってい

うのはあんまりいやですね。九州とかだと、それこそ福岡とかでもまぁ無理すり

ゃ自転車で行けないこともない距離に大体みんな集中して住んでますから。で、

福岡以外の九州の土地はもっと狭いですからね。

テリー:人の繋がりはどうですか?

外山:東京だとちょっと変なことやってても人を集めやすいんですよね。福岡ですらまぁ微妙な。僕みたいなのが福岡で人集めようとしても無理なんですけど、あまりに外れすぎてて。東京だとそんなこともないんですよね。そのへんが九州いやになることが多かったんですけど、発想を変えて、全国から興味を持った人を集めりゃいいんだと。九州でいくらそんな人探したって、限界があるし、全国から孤立している個人を集めて、九州で勢力を拡大していけばいいじゃないか。東京は時々来なきゃいけないとは僕自身思っ

てて、これまでも年に1〜2回は来ていたんでけど。

テリー:それはメディア対策に?

外山:いや、東京に面白い試みっていうのはあるので。僕はそれは東

京でやることに意味があるとは思えないんですよね、ただ面白い運動や試みはあると。それをこっちにきて、「これは面白い」と僕が思えるようなところと東京で交流して、いろんなアイディアを九州に持ち帰る。輸入業者みたいな。なかなか九州で新しい面白い動きというのは出てこないので、そういうのは東京なんですよね。

テリー:思想の輸入業者ですね。高円寺の街はどうですか?

外山:前から高円寺は縁が。だいたい僕が注目している歴代のアイテムは高円寺

界隈ですね。

テリー:同じくらいの30歳台の男のだと仕事・プライベート・家族なんかのことを考

える時期じゃないですか、世間で言うと。ある意味外山さんの活動って芯が通っ

ていて一般人からすると実はうらやましく思えるんじゃないかと。

外山:今は全く迷いがない状態なんですけど、それは獄中で人生の指針みたいの

を見つかったからであって、20代の10年間はめちゃめちゃきつかったですね。人か

ら胡散臭がられようが嫌われようが、守ってることを徹底的にやる、それでひど

い目にあってもいいんだっていう覚悟のもとに10数年はやるってことの上に今の

「迷いがない状態」があるわけだから。それは、憧れてる暇があったら「あなた

もやりなさい!」ということですよね。


http://www.warewaredan.com/
| テリー植田 | フリーペーパー | 14:19 | comments(0) | trackbacks(87) |
2007.06.23 Saturday
寺田恵子 船長(漁港) 対談

実は、千葉県出身同士だった二人。

寺田姐さんに訊け 寺田式 
特別対談篇 「美味しいマグロの見分け方講座」
お客様:「森田釣竿(フィッシュロックバンド漁港・船長)」
(企画・司会・構成:テリー植田)



テリー植田(以下テ):今回対談は初めてですが、船長に魚の素晴らしさを寺田さんに教授して頂きたいと思います!!

船長(以下船):自分、サカナくんみたいにそこまで魚のこと分かんないんですよ。

寺田恵子(以下寺):はははっ(笑)

テ:サカナくんは魚屋さんじゃなくて魚マニアですもんね。

寺:どうやって魚を料理するのが一番美味しいかを聞きたいよね。そういうのは専門でしょう!?

船:マグロ料理だっ鱈、任せてください!

寺:マグロは体にいいからさ、酒飲みにとっては体にいいんだよ。

船:新鮮なうちは生で食って、飽きてき鱈、ヤングだとフライにして食っちゃうとかね。

寺:ヤングだとフライって。(笑)

船:姐さんは一人でも飲まれるんですか?

寺:一人で飲む方が圧倒的に多い。外に出ると喉潰しちゃうから。もう、飲んだら暴れるというか、じっとしてないのよ私。それでいろんな人とクワーッと喋って。なんか歌に合わせて踊り始めたりとか、簡単なの書いて曲作り始めたりとか。カウンターに入ってお店の人でもないのにお客さんにオーダー頼まれて「アイヨー」って言って作ったりとか。

船:自分もそうかも。居酒屋に行って盛り上がって、「俺が魚切ってあげるよ!」みたいな(笑)。盛り上がっちゃって。他のお客さんの相手もしたりして。

テ:コミュニケーションが本業みたいなものだからね、船長は。

船:市場は対面商売がメインですからね。姐さん、やっぱり千葉だったから祭りとかありましたか?

寺:親父が職人で、大工なのね、建築やってたから。お祭りというよりは、職人の兄ちゃん達がいて、いつもみんなでどんちゃん騒ぎして。そうすると夜中お家に電話があって、「××警察ですけど、お宅の人たちが暴れてます」って。

テ:船長のうちと姐さん宅の血筋は似ているなぁ。

船:自分が小さい頃、大工さんが家を建てた時に、親父が鯛の姿作りを持って行ったりしてましたよ。そういう大人たちのコミュニケーションを常に見てきましたからね。そりゃ、酒も飲まされたし(笑)。魚食文化とか上下関係とか上手い飲み方とか下手な飲み方とか。かなり小さい頃から日本の文化には触れていた方じゃないですかね。

寺:お家の上下関係もはっきりしてるでしょ?

船:はっきりして鱒よ〜(笑)。でも友達み鯛な感覚。

テ:寺田さんは家でも料理しますか?

寺:毎日作ってるよ。朝も作ってるし、昼も。お家にいるときはよっぽど疲れてない限りはお家で作ってますよ。

テ:おすすめマグロメニューってありますか?

船:イベントの予算があれば一匹解体するんですけど、普段はマグロの頭部だけ解体しているんですね。「魚は捨てるところが無い」っていうメッセージを投げかける為に始めたことなのですが、やはり知らない人が多いですよね。頭部で食べられる部分、ホホ肉とか頭肉とか目玉がオススメかなぁ。“さえずり”っていう喉の部分は一匹で一つしか取れないすごく貴重な部分で、煮て食べたら最高ですよ!

寺:その貴重な部位っていうのは世の中に出回んないの?

船:あまり出回んないかなぁ。でも食べてもらい鯛。

寺:食べさせていただきます!(笑)。

船:参ったなぁ(笑)。じゃ浦安魚市場に来てください!

テ:船長、毎日市場にいるの?

船:ほぼい鱒。

寺:何時ごろ行けばいいの?行くとしたら。

船:土曜日曜が面白いですよ。毎週恒例の大売り出しで、色んな魚が入荷し鱒から。マグロの皮とか、あんまり普通の市場に置いてないものもたくさんあり鱒。

寺:おいしい魚の見分け方ってあるの?

船:簡単に言ってしまうと、目玉の白目部分が綺麗に澄んでいて、エラが赤いのが良いですね。魚体によって形がいろいろなので見分け方が違ってくるんですけど、基本的にその二点でOKです。

寺:エラの色ってくすんでくるんでしょ?

船:茶色くなっちゃうんですよ。ヤンキーの脱色みたいな。(笑)

寺:でも切り身になっちゃうともう分かんないですよね。

船:いや、切り身でも血合い…赤い部分があるので、鮭でもカジキでも。やっぱりヤンキーの茶髪は駄目(笑)。鮮度の良い魚はホント真っ赤なんですよ。よく見ると結構やばい魚もあり鱒から気をつけないと。最近、プロの魚屋さんがいなくなってきてるから、そこらへんはよく見極めてもらい鯛。

寺:安く売ってるのは絶対生はやめておこうかなとか思うんだけど、そういうのは関係ないの?

船:まぁ、新鮮なものだけが必ず良いってことじゃないから難しいですよね。熟成マグロって知って鱒か。マグロも黒いほうが美味いっていう事なんですけどね。黒いとマズイなんて見た目で判断しちゃうじゃないですか。

寺:するする!古いって。

船:でも、新鮮なものより少し時間を置いたほうが美味い場合もあるんですよ。一概には言えないのが魚なんです。まぁ難しいけど(笑)。やはり、魚屋さんとコミュニケーションをとって、口頭で教えてもらうのが一番早いかな。でも、時代がそんな時代じゃなくなってきて鱒よね、寂しいけど。コミュニケーションの不足が、日本人の味覚を落としたとも思って鱒ね。浦安が急激に発展していった時期に、自分も魚をあまり食べなくなった時期が実はありまして。

寺:それっていつくらいの時?

船:小学生くらいの時ですね。

寺:ディズニーランドが出来た時SHOW-YAのメンバーで遊びに行ったもん(笑)。

船:そうですか!(笑)ホント、街の発展とともに浦安も変わりましたよ。

寺:それはどうして?いろんな文化が入ってくるから?

船:そうですね。とくに食べ物が急に変わりました。知らない食べ物ばっかり出てくるから、当然興味がそっちに行きますよね?チキンナゲットとか。

テ:食べたことないフィッシュバーガーに心奪われたらもう帰って来れないよね。
船:そこらへんから、食に対する意識っていうのが急に変わっちゃったと。今、回転寿司とかでよく使われている蓄養とか養殖のマグロ、ああいうのも質は良くなっているけど、やっぱり天然マグロにこだわり鯛じゃないですか。でも、その資源にも限りがある。

寺:いま大変だよね。

船:大変です。外国の取材がよく聞かれるんですけど、ほぼマグロに絡めた政治的な話し。音楽の話しなんて一切聞いてくれない!

寺:フィッシュロッカーなのにねぇ。(笑)

船:でもいいんです。人間を支えるのはやっぱり"食"だから。

寺:だからメッセージの一個の手段として音楽がある訳でしょ?ミュージシャンでそういう人もいる訳で。例えば私は音楽が好きで歌が好きで歌ってるけど、今は音楽をやり続ける目的が違うところにあって、それをやるためにプロでもプロじゃなくてもそれを続けていかなきゃなっていうのはあるの。だから音楽も「この曲はこうですよね」って聞かれるよりも、「何で続けてるんだってこと」を訊かれるのが嬉しかったりするかな。

船:日本の取材だと、「マグロが獲れなくなって高くなるから安くておいしいマグロの見分け方を教えてください」とかって感覚なんですよね。全く平和ボケ。外国の取材は、食に対する意識が高くてビックリしますよ。魚食大国なんだから、もう少し見習わないと恥ずかしいです。

寺:外国の飲み屋で話すと、必ず政治の話になったり、地球の話になったりとかね。今こういう問題があるけどお前はどう思う?とか必ず聞くよね、向こうの人って。だからそれまでは政治のこと意識してなかったんだけど、海外でお友達を作ろうと思ったら自分なりの意見も必要だし、世の中の動きは絶対知らなきゃいけないと思うんだよね。真面目になりすぎるのはロックじゃないからイヤなんだけど。(笑)

船:ウーマンズフォーラム魚という団体の白石さんという方が、浦安魚市場まで来てくださっていろいろ話してくれたんですけど、我々日本人の体っていうのは、魚と野菜と米、この三つで出来ているんだということを話してくれまして。自然と共存してる人って、農家の人だったり漁師の人じゃないですか。そういう人達がいるからこそ、我々一般人の食が満たされているって重要な部分が見えてこないシステム。例えば魚に全く興味のない兄ちゃんがバイトで魚を売ってるスーパーだとか(笑)。

寺:全然違うからね。魚屋さんで買うお魚と他で買うお魚と、圧倒的に違うじゃん、味が。

テ:下手したら晩御飯がコンビニ弁当っていう子供とかいたりする時代だから。

寺:いっぱいいるよー!

テ:危ないよね。

寺:この国一番危ないじゃない?他の国より。他の国は、悪いことしててもそれをつつく機関とか団体とかがあるやん!でもここはつつくと潰されちゃうからさ、みんな見て見ぬ振りするからさ。それが一番怖いよね。

船:食で嘘ついちゃ駄目ですよね。

寺:思うよ、ほんとに思うよ。家が無くてもご飯だけちゃんと食べたいって思うよ。

船;自分もそう思い鱒。心ある飯だけ食えれば、あとどうなっても構わない!(笑)

寺:私もそう思う。別に公園で暮らしてもいいや、ご飯が食べられればって思うもん(笑)。


音楽でのコラボレーションはあるか?!

(付録)
船:いや〜、絶対ありえないですね。

寺:何が?!

船:寺田姐さんと魚屋の対談!

テ:ま、高円寺とも全く関係ない対談っすね。(笑)




【SHOW-YAインフォメーション】
音楽バラエティー「SHOW-YA 夏は祭典!」が開催!
7月7日(日)CLUB CITTA’
出演:SHOW-YA、寺田恵子、中村美紀、角田美喜、仙波さとみ、五十嵐☆sun-go☆美貴
アマチュアバンドによる「SHOW-YAトリビュートバンド」
スペシャル・ゲストあり
3980円(税込/ドリンク代別)
http://www.show-ya.jp/

【漁港インフォメーション】
東京中央卸売市場、東京都築地魚市場大物業会、東京築地市場鮮魚業会推薦!
ファーストアルバム「漁港」発売中!
2,800円(税抜価格2,667円)XQCT-1001 
http://www.gyoko.com/


7月1日(日)
『ゲビル 10執念祭』新木場Studio Coast
出演:ゲビル
友情出演:漁港/鳥肌実/綾小路翔(氣志團)/研ナオコ他
開港17:00/開演18:00
前売4000円/当日4500円
| テリー植田 | フリーペーパー | 14:02 | comments(0) | trackbacks(69) |
2007.06.23 Saturday
曽我部恵一さんインタビュー

SHOW-OFF27号 表紙インタビュー 曽我部恵一さん

『自分たちの生活を支えていく音楽を自分たちで作っているっていうのは、すごい充実していますよ。』


曽我部恵一(元サニーデイ・サービス)さんが2人のお子さんを連れて下北沢から高円寺へ。学生時代、サニーデイ時代、ソロ活動、家族のこと、音楽のこと。ありのまま、あるがまま今の曽我部恵一さんの東京ラブ&ピース生活を聞きました。
(企画、インタビュー、構成:テリー植田)



高円寺ZATTS CAFEにて
(佐世保バーガー美味しいよ。)

テリー植田:曽我部さんの上京の物語から聞きたいなぁと思いまして。

曽我部恵一:東京に来てもう15〜6年ですね。

テ:上京されたのは90年くらいですかね?

曽:そう、90年ですね。大学で出てきたんですけど。

テ:立教に入学されて、その頃サニーデイ始められたんですか?

曽:すぐ始めましたね。僕はバンドは高校時代とか田舎ではやってなくて、大学入ったら音楽詳しい奴とか趣味の合う奴がいると思って入って、大学のサークルも覗いてみたんですけどあんまりいなくて、そういう人は。ボン・ジョビのコピーとかやってたりして。

テ:違いますね、明らかに。(笑)

曽:「あれぇ、これちょっと田舎と一緒だな」(笑)と思って。結局田舎から出てきた友達3人くらいでやり始めたんですよ。

テ:3人一緒に上京してきたんですか?

曽:ばらばらだったんですけど、地元でも知ってて、音楽の趣味も共通で。田舎でもそんなにマニアックな人間っていないし、趣味も分かってるってことで「じゃあ一緒にやろうか」みたいな。(笑)あんまり上京してきた意味なかったですけどね。

テ:バンド組んで最初はどうでしたか?

曽:やり方も分からないし、それまでライブをやったこともなかったから、どうやってやっていこうかっていうのは悩みましたね。ほんと模索しながら。ライブを一本やろうということになっても、モニタースピーカーとかの使い方も分からないような素人で、リハスタ(リハーサルスタジオ)に入ってもどうやって練習
していいのか、マイクをミキサーに繋げて音が出るまで一時間くらいかかったりとか、そういう感じでしたね。

テ:最初のアルバム『若者たち』までは数年かかるんですよね?

曽:4〜5年あるんじゃないですか。

テ:95年くらいのリリースですね。

曽:紆余曲折して、『若者たち』以降はわりかし順風満帆というと変なんですけれど、でも実はファーストアルバムが出ても給料とか事務所から出ないし、食えはしなかったんですよ。

テ:以前、ゲストで出演されてたマキタスポーツさんのイベントでその話を聞いて僕はショックを受けましたよ。『東京』(サニーデイ・サービスの名を知らしめた不朽の名作)とかめちゃくちゃ聴いていたので。(笑)

曽:『東京』の時はまだ給料0円時代というか、『東京』というアルバムが出てチャートにうまく入って、それで月給9万円もらい始めて。でも9万だとまだ食えないですよね。

テ:派遣社員以下ですよね。その『東京』が96年ですね。

曽:『東京』から「バンド活動」っていう日々だったんですけど、それまでは結構大変でしたね。

テ:取材に行くときの交通費がなかったことがあったんでしょう?(笑)

曽:そう、渋谷までの電車賃がなくて。近所の駅の近くに中古CD屋があって、そこで結構CDを売ってましたね。売って電車賃作って行って、レコード会社の人にお金を借りて帰ってくるっていう
。ダイナソーjrとか好きだったCDを売ってたから、切迫してたんだと思いますね。

テ:ギリギリだった?

曽:『若者たち』を出すまでは大変でしたね。今やれと言われても出来ない。貧困と、誰も自分の音楽を認めてくれないという状況で、その時期は山崎パンでバイトもやったし。

テ:鳥肌実といっしょじゃないですか!ファンは誰もそんなこと思ってもいないですよ。でもそれがツラくなかった?

曽:その時は「どうしようかな」と何となく悶々としてたんですけど、田舎から出てくる時には「自分はすごい!」、「俺は成功してやる!」、「みんな、俺の曲を聴くに違いない」って思ってましたね。子供の妄想とか自信ってあるじゃないですか。いろんな人にいろんなこと聞いたり相談したりしてましたけど、「ど
うしたらプロのミュージシャンになれるか」とか分かんなかったですね。だからいまだにプロのミュージシャン目指してる人に対して、「こういう風にしたらプロになって食えるよ」ってことは言えないんですよ。僕はすごいラッキーなことにインディーでCDを出してくれるところがあって、ほんとに自主制作で作ったやつを、た
またまレコード会社のディレクターの人が気に入って「ウチで出そうよ」って言ってくれたからそこから始まったんですけど。

テ:『東京』が出てから大分変わって行きましたか、生活は?

曽:そうですね。メジャーはMIDIっていうレコード会社なんですけど、MIDIで契約して、最初に2枚マキシシングルを出したんですけどそれは音楽性も全然違くて、当時は渋谷系が全盛の頃で、もっと渋谷系的なサウンドだったんですよ。何の注目も得ずに終わって、その頃は悩みましたね。メジャーから出て宣伝もしてもらったにもかかわらず誰も認めてくれないみたいなところに、「これじゃ駄目なんだ」っていき
なり壁に当たりましたね。

テ:リリースしたのに、リアクションが薄いと。

曽:うん。だから「ライブ出来ない」とか「どうしてデビューできるんだろう」とかの次の一番デカイ壁がそこだったかなぁ。デビューして自分が作った曲を出してることを誰も認知してくれないという事実。「これをどうしていったらいいんだろう」ということは考えましたね。それで、『若者たち』みたいな世界観に
なんとかたどり着いたんです。でもま、楽しかったですけどね、今思うと。

テ:最初からずっと住まいは下北ですか?

曽:最初は僕、練馬区に住んでて、次に明大前に越して、ずっと明大前にいましたね。解散するまでは明大前。デビューから解散ギリギリまでは明大前のアパートですね。2DKの古いアパート。

テ:それからどうして下北を選んだんですか?

曽:やっぱ下北はQue(ライブハウス)もあったし、レコード屋さんもいろいろあったから、下北は好きな街だったんですよ。

テ:今は下北でお店もされているんですよね?

曽:そうなんです。

テ:どういうお店ですか?

曽:基本はレコード屋さんで、夜はバーになるレコード屋さんをやろうというのが最初で。今のレコード屋さんって中古のアナログ盤とかってそんなに売れたりしないから、下北でレコード屋さんやるのは大変だろうというのがあって。レコード屋やりたい友達がいたんですけど「いや、大変だろうね」という話をしてい
て、そしたら「夜はバーにして、バーの売上も含めて営業したら可能性はあるんじゃない?」という話をし始めて。それで「じゃやってみる?」って話になって何となく始めたんですよ。昼間も、うちのギターのやつが昔コックさんをやってて、「ライブとかレコーディングないときは作って」って。パスタがうまくって、そいつさ


テ:『東京』以降、ファンからすると順風満帆な時期に思えますが 、実際はどうだったんですか?

曽:実際は、音楽的にはいろいろとトライしてたり、すごい充実してたんです。毎日音楽を作るっていうことに費やされていたから、僕は夢のような生活だったけど、一個作ったら次のものをまた作らなきゃいけないし、一つ評価を受けるものを作ったら次はそれ以上の評価を得なきゃいけないんじゃないだろうかとか、
そういうプレッシャーはもちろんありますよ。今もあるのかもしれないけど。

テ:「新しいものを作らなくてはいけない」というプレッシャーは、今自分でレーベルされて環境も変わったと思うんですけど、違いますか?

曽:変わらないですよ、結局。やっぱプレッシャーあるし。でも今は音楽を作るっていうことが生活の一部にほんとになってきて、例えばアルバムが出てそのアルバムの売上なりツアーの収益が、「これが誰かの給料でこれが誰かの生活費」というのが分かってきてるし、そうやって生活して生きていくことと音楽を作っ
てプレイしていくことと繋がってきてて、それはすごい楽しいですよ。昔はそこじゃなく、もっとアーティスティックだったかもしれない。音楽を作って単にそれが楽しい、みたいな。じゃなくて、今は音楽を作ることももちろん楽しいけど、それと一緒に自分たちが生きていく生活を支えていく音楽を自分たちで手作りで作ってい
るっていうのは、すごい充実していますよ。

テ:サニーデイが解散してレコード会社と契約が終わって、自分でレーベルやろうと決断した時はどんな心境でしたか?

曽:なんとなくなんですけど、「よし、じゃあもう自分でやろう」というよりも、自分で自分のメディアを持ちたいというのはあって。それはモノを作ったりする人はそうなのかもしれないけど。サニーデイが終わってソロをユニバーサルで出したんですけど、ユニバーサルとの契約が切れて「じゃあ次どのレーベルにい
きましょうか」という時に、ここだと契約金が云々とか、ここだとこういう条件でとか、いろいろあったんですけど、レーベルを渡り歩いても面白くないなと思って。自分でやったほうがいいかなと。

テ:30代の世代からすると、曽我部さんにすごい共感のするのは、大きな資本に振り回されずに自分がメディアになろうと思ったところですね。

曽:それ凄いいいことだなって思って。大きい資本の中でやる必要はないんですよね、モノ作ることって。個人でやる仕事で、大きい資本でやってることと同じクオリティのものが出来ていたらそれでOKだと思うんですよ。聴いてくれる人っていうのは結局そこしか求めてないし、こっちの方が宣伝力が優れてるからこ
っちの音楽を聴こうという訳ではないんですよね。僕が気をつけたいなと思っているのは、個人レベルで自主制作で音楽作ってる時にクオリティが下がらないようにしたいなというのはあります。お金がかかってるかかってないに関わらず、精神的なクオリティというか。

テ:ソロになった時点で"曽我部恵一ブランド"っていうのが頑としてもうあって、ファンはそれを求めていたと思うんです。僕はいいスライドの仕方をされたな、とファンとして思っていたんですけど。レーベルされて何年ですか?

曽:4年ぐらいですね。やっとお金のことをそんなに心配せずにスタジオに入れるのは、ほんとに最近ですね。最初は安いところ選んで。もし大きいレコード会社で作ってたらもうちょっと粘っていろんなとこにお金かけていくだろうなというところをあえてお金使わずに切り上げたりしてましたけど。今はちょっと安定してきた
から、そういうところを気にせず動けるようになりました。
テ:でも協力してくれるスタッフはいたんですよね?デザイナーさんとか。

曽:いや、でも友達ですよ。全部。まずは二人でやってたから。一人はイラストレーターで、若い奴で、「電話番手伝って」みたいな。どこが幾らでプレスしてくれるとかデザインの入稿の
仕方とか、何にも分かってなかったですね。そのうちもう一人サニーデイの時にプロモーターやってた人が加わって三人になってや
り始めた。

テ:家と別に事務所を借りたんですよね?

曽:そうですね。下北に。でも本当に大変でした。ネットで通販やらなきゃってなった時に、じゃあどうやってやるのってなって、カートのレンタルとかやったりしてるんだけどちょっと負荷がかかるとダウンしたりとか、もう大変でしたね。

テ:そういうことに気をとられたくないんじゃないですか?

曽:何年かはそればっかりでしたね。今もその延長線上ですけど。環境整えるのはすっごい大変でした。

テ:でもその頃お子さんが生まれてすごい大変な時期だったんでしょう?

曽:そうですね。やろうとしてることは大きいレコード会社がやろうとしてることと一緒のことだから、それがすっごい難しいなと思って。慣れちゃえば一個一個クリアしていくんですけど。大きな資本からやり方をレクチャーしてもらうんじゃなくて、自分たちでやり方を一から作っていった感じなんですよ。それが良
かった。

テ:ブログでファンはその様子を見ていて、ファンとアーティストの風通しが良い関係があるというか。より強い支持になってるんじゃないかなと。

曽:うーん、どうでしょうね。今そうやって環境とかから足場から作っていくというスタイルを含めて音楽を作ってるから、自分的には面白いですね。

テ:結婚されたのはいつぐらいなんですか?

曽:30ぐらいだから解散する年とか。子どもが出来た時くらい。

テ:そういう人生のタイミングだったんですね。

曽:そうですね。いろいろ人生が大きく変わる瞬間でしたね。

テ:30代、40代の目標とか見通しってあります?

曽:ないですね。3年後こうしていたいとかいうのも全然ないですよ、俺。今のペースでずっと続けたいっていうのも特にないですよ。もっといろんなことが起きてほしいんですけど。とにかく今日明日明後日のことをやるのが一生懸命で、いっつもそうやって動いてるのかなぁ。バンドやってた頃も大ヒットしたりとか超メジャーになった
りしなかったのはそういう理由もあるかなと思うんですけど、みんな周りは年間スケジュール組んで、3年後はとか自分たちで成功へのシナリオというか、ある程度計算してやっていたと思うんですよね。そういうとこあんまり僕は興味なくて、「じゃあ2年後のこのくらいには曽我部恵一プレゼンツでフェスでもやりましょうよ」とか言われても全く何の興味もなくて、2年後のことなんて分かんねーよっていう。「今日これしなきゃいけないから、今日これ一生懸命やっていい?」みたいなのがメインなんですよ。特にミュージシャンとしてはそうで、あとは経営者という側面もあって、経営者としては全体を見なきゃいけないから、今期とか来期とか前年とか考えてるけど。来年はこうい
うふうに会社を成長させたいなというのはないですね。

テ:それは、曽我部さんらしいなぁ。(笑)

曽:でもほんとに想像つかないですね。50代になったときに、今と同じいろんな心配事をかかえながら、必死でどろどろになりながら音楽やってるのは想像したくないですね。そのころは井上陽水さんみたいに悠々自適なことになっていたいんですけど、でもそんなのないんだろうなとも思うんですよね。たまにアルバム作ったりとか、たまにライブしたりだ
とか。

テ:ファンからすると、30年くらい経っても"曽我部恵一"っていうブランドはきっとあると思ってますよ。

曽:音楽やってるのかどうかもわかんないですけど。飽きちゃったらやれないし。

テ:意外に飽き性ですか?

曽:音楽は飽きないですね。

テ:音楽以外の話なんですけど、家族が出来て、食べるものだったりコミュニケーションの仕方とか、変わってきたりしました?

曽:うーん、家族ねぇ…。食事とか変わりますね、家で作ったりするから。で、食事みんなで食べるとか大事だな、とか思ったりしますけどね。子どもが出来て何が変わったかというと、やはり性格が変わりましたね。あきらめがついたというか。いろんなことをあきらめましたよ。(笑)

テ:え?何を?

曽:ミュージシャンをやりながら世界中を旅したりとか、いろんなところでプレイしたりとか、いろんな女性と付き合ったりとか、いろんな夢がありましたけど、そういうの全部

あきらめました。なんかあきらめが良くなりますね。夢がすぐに捨てれるっていう。それはいいことだなって。

テ:それは家族のためにってことですよね?

曽:子どもがいてそれは無理だろってことはいっぱいあるから。結婚したり子どもができたりするのってオススメですよ。そういう夢見がちな男子。

テ:これからのリリースの情報は?

曽:DVDと本が出ました。夏にライブがあって、8月くらいにアルバムが出ます。

テ:忙しくなりそうですね。レコーディングはいつされるんですか?

曽:レコーディングは終わっていて。

テ:テーマはありますか?

曽:テーマは「夏」ですね。夏の幻のような。山本直樹さんの漫画が好きでああいう世界観とか、よしもとよしともさんの「青い車」とか、ああいう夏のひんやりして暑くて過去とか未来とかから切り離された夏の一日というか、永遠性というか。そんなことを考えながら作りました。

テ:では最後に、音楽を目指している若者たちにメッセージを!!

曽:僕は音楽を目指してて今は音楽を作って生活してて、それはすごい楽しいですよってことを言いたい。最高にいい。でも100%それを生業にしなくてもいいんだと思う。昔はどうしても音楽でメシを食いたいというのがあったんだけど、それは考え方を変えた方が今はいいのかもしれない。生活をするためにこの仕事を持ってこれはこれで大事で、音楽は音楽でこっちなんだと、使い分けられる人の方が、今の時代は楽しいと思う。頑張
ってください。夢を見続けてもらって、妥協しつつ(笑)。夢を見続けてる奴が素敵だなと思うし、それが世界を動かしていくと思う。



小生と曽我部さんは1971年生まれの同い年


【曽我部恵一・最新情報】
8月2日曽我部恵一ニューアルバム「blue」リリース決定!!

【ライブ情報寡】
7/22(日) 曽我部恵一BAND @下北沢CLUB Que

曽我部恵一BAND SUMMER TOUR 2007「センチメンタルな夏」
チケット 6/30(土)発売
前売り¥2,500(1ドリンク付)/当日¥2,800(1ドリンク付)

8/6(月) 渋谷CLUB QUATTRO
18:00open / 19:00start
info CLUB QUATTRO 03-3477-8750

8/8(水)
名古屋CLUB QUATTRO
18:00open / 19:00start
info Jail HOUSE 052-936-6041

8/9(木)
心斎橋CLUB QUATTRO
18:00open / 19:00start
info CLUB QUATTRO 06-6281-8181

8/12(日)
福岡DRUM LOGOS
17:00open / 18:00start
info BEA 092-712-4221
TOTAL INFO: www.sokabekeiichi.com
| テリー植田 | フリーペーパー | 13:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
2007.03.27 Tuesday
今夜は、ビートIT


4月からネット放送局で番組をはじめることになりました。
月曜の夜はパソコンの前に鎮座してくださいな。

「今夜は、ビートIT」
4月2日スタート 毎週月曜23時〜ゆるゆる生放送

超個人的なオールナイトニッポンみたいな番組になると思います。
日常のこんなことあんなこといろいろ、ゆる〜くね。
http://odoroku.tv/knowledge/beatit/

番組名は
「今夜は最高」
「ビートたけし」
「マイケル・ジャクソン」
から拝借してミックスしました。
でも、「コンヤハビートアイティー」と読みます。
80'sネタから最新IT、農園事情までを網羅。

パブリック・ジャーナリスト「テリー植田」と、「ジュジュ前沢」がお送りする、80’Sカルチャーから最新IT事情まで、なんでもござれの森羅万象ゆるゆるトーク。
音楽、映画、演劇、文学、食、お笑い、旅、ゴールデン街、高円寺、海外支援、フリーペーパー、農園、サブカルなどをテーマに、カルチャーや生き様を考えるふりをしてみます。30代から50代のカルチャーのツボをゆる〜く刺激する月曜深夜の生放送。
ゆるすぎたら、めんごめんご。

■毎週月曜23時〜生放送
■テリー植田ブログ
 http://terryueda.jugem.jp/
■番組内で表示しているイラスト/漫画家・大橋裕之
 http://blog.livedoor.jp/ohashihiroyuki/

番組へのご意見、要望などは、生放送中に送ってください!
beatit@odoroku.tv
| テリー植田 | ネット放送 | 16:01 | comments(0) | trackbacks(0) |