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パイオニアKURO
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2007.12.17 Monday
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2007.01.02 Tuesday
映画「鉄コン筋クリート」インタビュー 


松本大洋原作のあの傑作マンガ「鉄コン筋クリート」がついに映画化!!
宝町を舞台にシロとクロが大暴れするこの映画。監督は、下北在住で「アニマトリックス」をプロデュースしたマイケル・アリアス氏。「アビス」「ブルックリン」「未来は今」でCG制作もしたマイク監督に世界中の街についてインタビューしてきました。なんとマイク監督はオール日本語通訳なし!びっくり

(インタビュー&テキスト:テリー植田)

・映画が宝町という町が舞台で、高円寺という街の雑誌なのでアイリスさんが今まで住んだ街の話を伺いたいです。生まれはどこですか?

生まれはロスでニューヨークに行ったのはちょうど16歳で、家族で引っ越してニューヨークの近くの大学に行ってたね。ニューヨークは大学と自分の仕事で6,7年くらいかな。

・最初のニューヨークでの仕事はどんなものだったのですか?

映画「バック・ツゥー・ザ・ヒューチャー」のアトラクションの映像だったね。自分の会社を2年間やってたんだけどね。

・そのころ、厳しい生活だったんでしょう?

会社維持するのにいろいろやって、いろんないい人との出会いもあったけど、実は人生で東京に住んでるのが一番長いんですよ。

・下北に住んでいらっしゃるんですよね?街というのは、ずっと住む街という考えではない?

ないね。どんどん変わっていっちゃうしね。自分も成長していくといいけど、街も変わるし人それぞれ大人になるし、ベクトルが、映画のクロとシロみたいにいっしょにいることはないから、自立するようになるでしょ。都会に住んでるいいところでもあるしね。みんながそれぞれの方向に行って複雑な交差の仕方をして、特に東京だと出会いがいっぱいあるしね。田舎の何もないところに住めないのかもしれない。映画の仕事は一人じゃなにもできないし。出会いと刺激があったほうが仕事面ではいい。

・そういう意味では東京は住みやすいと。

そうね、東京は大好き。

・ニューヨークのあとは?

その後、日本に来て、自分の会社を作りにニューヨークに一度戻って、日本に出てきた。
イマジカに1年いて、その後、セガに1年いて。


・実は、ぼくもセガで働いていたんですよ!ドリームキャストの立ち上げのころに(懐)

ええー!ほんとー。何研?

・ぼくは、お客様相談室でマーケティング。

ぼくは、ドリームキャストの前でね。楽しかったのは楽しかったけど大鳥居まで通勤は大変だったね。

・下北はどこに行くのもちょうどいい距離ですかね?

天気がいいと吉祥寺に自転車で行けるし、下北もジオラマっていうか街そのものが映画の資料になってくれたところがあるんですよ。新しくもない、古くもない場所だからカオス的な部分もあるし、若い人も年よりもいるし。吉祥寺も活発な空気が、みんながんばってるかんじがある。高円寺はそんなに行ったことないからなんとも言えないんだけど。生活感あっていいね。宝町は面白そうな町にしたかった。外から見て奥になにかあるんじゃないかって探検したくなるような絵にしたいと思っていて。入ってみて、匂いとか触ったかんじが伝わるような。つるんとテカテカしているんじゃなくて、サビだったり、色もメリハリのあるものにしたいなと思っていて。あんまり大都会みたいなのじゃなくて。町との対比がひとつの画面でわかるようにしたくて。オリバーストーン監督の「ワールドトレードセンター」を観て、あれは超高層ビル対人間みたいな画面があるけど、鉄コン筋クリートはもっと手が届くようなね。子供たちが屋上から屋上に飛んでたらリアルじゃないかもしれないけど、どこかの記憶の中で行ったことあるかもしれない、もしくは行ってみたいとか。日本じゃないけど分かるなってかんじ。

・僕は宝町見て、大阪の新世界だって思いましたよ。

新世界に行ってきたよ。通天閣とかあのあたり。人間の濃いかんじね。作り始める前にロケハンで行ったんですよ。あと三角公園とか。

・漫画を読んだのはいつだったのですか?

ニューヨークで辛いときに、友達に薦められてね。自分が今宝町にいるんじゃないかって思う体験だった。地上げされたり、変な人がまわりにいたりとか。クロとシロの痛みが分かったつもり。

・そのころから映画にしたいって思うようになったのですか?

ううん、この映画観てみたいって。音楽聴いてても、こういう映像にあわせたら面白いとか。面白いキャラクターとか、自分だったらどう作るかシュミレーションしたり。

・「鉄コン筋クリート」を監督するチャンスはどこにあったんですか?

勝手に作りはじめたし、いろいろな形で「鉄コン筋クリート」の企画をやろうとしていて、うまくまとまらなくて、プロデューサーの周りのスタッフに、マイク、そこまで作らざるをえないんだったら自分で監督しろよって言われて。監督になる人は一番その映画に情熱をもってる人だなって思うし。それまでは監督したいとは思ってなかったけどね。人に気づかせてもらって、これやらないと次に行けない気持ちがあった。

・原作の松本大洋さんとはどんな話をされましたか?

大洋さんの中での「鉄コン筋クリート」とか、大洋さんの作品だから本人のことをいろいろ知ることで作り手にとってガイダンスみたいなもの、その人の作品の匂い、どっかでリンクしていると思うので。はじめて会ったときからすごく良くしてくれた人だかから今は友達感覚。大洋さんは何者だっていうところがあったから。

・作品の根っこにあるものをお互い知りあったんですね。普段は、街では何をして遊んでますか?

週末子供たちと公園で遊んでいるとか、チャリで走りまわってたり。最初は夜遊びしてたけど。下北は楽だね。ちょっと歩いただけですぐ友達も会えるし。

・ちょうど映画みたいに、下北も道路の反対運動してますね。

反対しててもしょうがないところもあるし、地元に長くいる人はみんな反対はしていないと思う。将来いいこともあるし、便利になったり、車が通りやすかったり、そっちが価値があると思う人はそうね。いいかどうかはよく僕も分からない。逆に進化してどう変わったという答えが出ない限り見えない。ただ表面的なところで、26メートルの道路ができるのはちょっと不安。いい方向に進めばいいけどね。

・高円寺にもそういう話が水面下であるみたいで。駅も再開発してますね。

下北に若い人がたくさん集まっているから、こんないい街にこんなセンスのない道路ができてどうするんだって反対してる。年寄りの人からすると生活が楽になるかもしれないし。いい悪いは簡単に読めないね。日本は開発やらなくてもいい街がどんどんどんどん開発されていくんだよね。

・新宿も再開発で大きなツインタワーがコマ劇場あたりにできるみたいですよ。

歌舞伎町っていう街はあそこにしかないんだよね。好き。無法地帯的な要素もあるけど、危ないとは思ったことない。いきいきした街のかんじあるよね。

・最後に、高円寺の若きクリエーターにメッセージをください!

ものを作る人たちっていうのは、もしかしたら社会からすると遊んでいるように思われるかもしれないけど、ものを作るのって人に夢を与えるし、目の前にないものを体験できるし、出会ったことのないことやビジュアルとか、現代社会にすごく重要だと思う。作ったものを、自己満足で終わらせないないように、外に出て人に会って人に評価してもらってね。失敗して、次の成功に向けてスタートすることが大事だと思う。

(影響受けた作品)
漫画:「童夢」「いじめてくん」映画:「アキラ」「THIN RED LINE」「CITY OF GOD」「心の地図」「豚と軍艦」音楽:鉄コンの音楽を手がけたPLAIDのすべて
(好きな日本食)
お寿司 味噌汁(じゃがいも、たまねぎ)、最中
(好きな日本語)
東北の方言 ことわざ:蛇の道は蛇
(下北生活で一番楽しいことは?)
駅前の市場を探索すること
(東京生活で一番困ったことは?)
毎年、税金の申告に困ります。


映画『鉄コン筋クリート』
12月23日(祝)より渋谷東急ほか全国松竹・東急系にて全国ロードショー!
(C)2006 松本大洋/小学館、アニプレックス、アスミック・エース、Beyond C

| テリー植田 | 映画 | 10:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
2005.09.19 Monday
山田広野の「実録!公開出演依頼。」


活弁映画監督 山田広野の
「実録!公開出演依頼。」 お客様>>谷川彩さんの巻  
(取材と文:トモエ 取材協力:ゴールデン街BARオレンジ王子)


舞台、Vシネ、ピンク映画そして、ゴスロリ高校生までこなしてしまう魅惑の女優さん、谷川彩さんの魅力に山田広野監督が突撃出演依頼!!



山:どうも、ご無沙汰しております。今日のゲストは谷川彩さん。
谷:はい。
山:彼女は僕のごく最近の作品・・・『ほか弁』においてゴスロリ高校生という役柄で出て頂いて。衣装も全て自前ということなんですけど。
谷:はい。
山:過去2回、僕の作品でゴスロリで出てもらってるんですけど。
谷:毎回ゴスロリですね(笑)
山:で、もちろん女優さんとして活躍しているので、今日は改めてその部分を色々聞いてみたいな、と思っています。
谷:はい・・・はい(ちょっと緊張気味)。
山:谷川さんは僕と初めて会ったのが『極道刑事』っていう、Vシネの。
谷:あーーー!そうでしたね。はい。
ト:それはいつ頃になるんですか?
谷:うーん・・・あれは2年前から1年半前くらい、ですかね。
山:それくらいですね。現場でしたね。まぁ、その名の通り極道で刑事っていう、強面のメンツが揃っていて。
谷:揃ってましたねぇ。
山:その中でひとり人見知りっぽい雰囲気をたたえながら、階段に座ってる少女がいたんですよ。
谷:ふふふ(照笑)
山:緊張してたんですか?
谷:そうなんですよ。ちょっと。知ってる人もいなかったので。不安で・・・。
山:それがその谷川さんだったんですね。で、その時僕はメイキングで現場に行っていて。僕普段メイキングとかすることないんですけど。いい加減な性格が
災いして・・・。
(一同笑)
山:でその日は監督が佐藤佐吉さんという、三池監督の映画の本書いたりとかしている人で。で佐吉さんの監督デビュー作になるんですよね。極道刑事。
谷:あ、そうなんですよね。
山:で、日頃から映画祭で会って何かと僕のことを褒めてくれたりとかで、褒めるっていうか・・・「狂ってる」とか言われて。
(一同笑)
山:褒めてないかもしれないですけど。
ト:いや、それ多分褒めてますよ。
山:それもあって応援のつもりでメイキングを撮りに行ったんですけど、そしたら僕4時間ほど遅刻してしまって。
谷:ふふふふふ
山:あらかた撮るシーンは終わっていたという。ちょっとした濡れ場のシーンとかは撮影禁止になってたので、役者さん映さなければいいだろうと思って佐吉
さんの顔ばっか撮って。
(一同笑)
山:そしたらそのメイキングを編集した女監督に超不評だったらしくて。
谷:監督しか映ってないって(笑)
山:「ちゃんと撮れよ!」って、駄目出されてたみたいですねぇ。
谷:ふふふ
山:まぁ何って僕なんですけどね、遅刻したのが悪いんですけど・・・。じゃあ僕の話はこれくらいにして(苦笑)。
(一同笑)
山:正直そこで僕は居場所がなかったわけで、居場所がない者同士シンパシーを感じていたんですけどね。よく考えると僕は部外者ですけど谷川さんは出演さ
れてるわけですもんね。
谷:はい・・・一応。
山:Vシネとピンク映画の活躍の話は・・・そのへんは。
谷:あ、大丈夫ですよ。
山:僕前大阪行ったとき通天閣の近くにピンク映画館があるんですよ。2年くらい前かな、谷川さんのポスターがあって「おぉっ」と思って。
谷:あー、どれだろう。
山:あ、去年かな。去年の2月とか。それが谷川さん1人だけでどーんと映ってるやつで。ベビードールみたいなのを着てて。
谷:うーん、どっちだろう・・・。はい、ありましたけどね。
山:すぐその日は帰らなきゃいけなかったんだけど、悩みましたね。これは観なきゃいけないんじゃないか、とか思って。
谷:多分それデビュー3作目ですね。
山:結局観れなかったんですけどね・・・・・・。
谷:いいですよ(笑)。
山:でもそれが会ってから間もない頃だったんですよね。
谷:よくわかりましたね〜。
山:そりゃわかりますよ!でその後も何度かお会いして、それでついに道でばったり会うことになるんですけど。
谷:駅前で。
山:で映画出てくださいよーって話しましたよね。話してないですかね(苦笑)。
谷:うーん?
山:まぁ記憶があやふやなんですけど。それでDVDの発売記念のイベントを渋谷でやったんですけど。ゴスロリの格好で来てもらったですよね。
谷:はい、そうですね。
山:で、いつまで経っても舞台挨拶が始まらないんですよね。
谷:そうだったんですよ。待ってましたね。
山;一番後ろゴスロリの格好で待ってるわけですよ。あれ、相当イラつきました?
谷:いや、楽しく観させてもらってましたよ。ただ単にゴスロリで遊びに来た女の子風に。
山:前作の上映が終わったあと最後の最後に挨拶してもらって。映画の中だけでなく舞台挨拶までゴスロリの格好で来てくれたことに対する喝采がね。
谷:ふふふふ
山:おお!という感じでしたね。大概映画の中の衣装とかで出てくる人いないですからね。
谷:そうですかねぇ?
山:どうして着てこようと思ったんですか?
谷:いや、なんか部屋から出て来ちゃって、なんとなく。
山:今後もそういうかたちで出来ればお願いしたいと・・・。
谷:実はあれが舞台挨拶、初だったんですよね。
山:あ、そうなんですか。ピンク映画の挨拶ってないんですかね。
谷:ないですよ。何か特別上映とかそういうのでない限り。
山:その後僕が東京国際レズビアン&ゲイ映画祭っていうので特集をされることになり。新作を作ってほしいと依頼があったんですよ。でそこでレズビアン、
ゲイものをということで谷川さんにゴスロリとして出演してもらい。
谷:はい。
山:高校生の役で皆制服とか着てるのにゴスロリの服着てて、ゆえにいじめられっこ、っていう設定で。
(一同笑)
谷:うさぎがいつもお友達なんですよ。
山:あれは楽しかったですよね。
谷:楽しかったですねー。
山:で、一番楽しかったのはスタジオの方がご好意で焼き肉を出してくれてね。
谷:私食べてばっかりいましたねぇ・・・。
山:またそのいい具合に焼いてる網の真横に陣取ってですね(笑)。
谷:食べてばっかりでしたね。
山:座ってさえいませんでしたね(笑)。
(一同笑)
山:待ちきれなくてね。でもこれが育ち盛りってものなんですかねぇ。
谷:育ち盛り・・・(笑)
山:すごく楽しいイベントでしたね。で、国際映画祭なんで外国の人にもわかるように英語の字幕を出したんですよ。
谷:そうなんですよ。
山:英語で話も通じたみたいなんで・・・ウケましたね。
谷:ウケてましたね、良かったですよね。
山:もともと僕『レズビアンシティ新宿』っていう映画を作ったのがきっかけだったんですけどね。
ト:それは谷川さんは出演されてるので?
山:いや、もうそれは98年とかのですから。
谷:まだ学生でしたね。
山:で僕が知ってる谷川さんはそのくらいまでなんですけど。舞台もされてるんですよね。
谷:そうですね、舞台の方が長いくらいですね。
山:あ、そうなんですか。
谷:中学生からやってるんで、かれこれ10年くらい。
山:演劇部?
谷:そうです、演劇部です。
山:でもそんなに舞台の下地があると思ってなかったですね。活弁は撮ったときの台詞とか使わないし、僕は色々変えちゃうから色々やり辛いこともあるで
しょう。
谷:いえいえ、でもそれはそれで自分が考えてたものをぶち壊して全然予想外のことをしてくれる、っていうので視野が広がりますね。いい勉強になります。
山:あら、そんな褒めて頂いて(照笑)。では・・・舞台が近いんですよね。
谷:そうですね、9月30日と10月1日に武蔵野芸能劇場で。劇団Type『Wonderful Opportunity』です。
山:あ、僕そこでやったことありますね。
谷:私は立ったことのないホールなんですけどね。松本紫という名前でやってます。
山:その後はVシネなんかの予定もあるんですよね。
谷:ええ、でも今は舞台の稽古でいっぱいいっぱいです。
山:そうですか、では舞台も頑張って頂いて、Vシネやピンク映画への活躍も期待しています、ということで。
谷:はい・・・。
山:今日はありがとうざいました。
谷:ありがとうございました。
【谷川彩さんインフォメーション】
劇団Type「 第5回目公演 『Wonderful Opportunity』 武蔵野芸能劇場
9月30日 18:30開場19:00開演
10月1日 13:30開場14:00開演 17:30開場18:00開演
劇団Type「事務局 042-528-3636

【山田広野インフォメーション】
新宿ロフトプラスワン(毎月第4土曜日)にて伊達男ナイトに司会&活弁で出演中!
新作DVD絶賛発売中!!
http://www.katsuben.net/
| テリー植田 | 映画 | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.09.19 Sunday
スウィングガールズを観に行こう!

もうご覧になりましたよね?えっ?まだ。
そにゃないぜー、セニョール&セニョリータ。
お久しぶりのブログです。小生、いろいろ走りながら
記事ネタを探し回っておりやした。ジョギング
今、劇場映画観るなら「スウィングガールズ」ですぜ。
東北のいなかっぺ女子高生たちが繰り広げる
ちょっとしたビッグバンドデビューの学園思い出ストーリーと来た。
女子高生でスウィング。これOKです。拍手
男子高校生で、シンクロやった「ウォーターボーイズ」の
矢口監督の続・青春映画であります。俗なところからハズしてツボをつく
あたりは、なかなか矢口監督もグーよ。グッド
竹中直人もナイスな教師役で出演。


左から2人目のトランペットが貫地谷しほりちゃんラブ
これが、スウィングガールズ公式サイト
http://www.swinggirls.jp/index.html

小生、立川シネマで拝観。ここの劇場はすこぶるいい。
でかいスクリーンをオリンピック競技場なみの
急勾配から観る。拝観者、女子高生多し。
三多摩地区の方は、おすすめ。立川駅すぐ。
http://www.cinemacity.co.jp/

で、肝心の内容は。
分かりやすくベタな展開、ちょこちょこくすぶった笑いが
随所に取り込まれてまいります。
みどころは、女子高生役のキャスティング。
セニョールは、かぶりつきで舐めるように観ましょう。

わき腹あたりの素肌がチラミするのはご愛嬌。

主演の上野樹里(発売中のアエラの表紙)ちゃんはすこぶるみるからにナイスなのでありすが、小生の眼はそこには行かず。ぐふ。
トランペット吹いてる斉藤良江役の「貫地谷しほり」ちゃん 最高です。
深津絵里以来大ファンになった次第。


ちなみにこれは、岡村ちゃんのミラクルジャンプです。
人生ジャンプするのが今の気分。
| テリー植田 | 映画 | 14:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.23 Friday
くものすカルテット

渋谷「青い部屋」で素晴らしきバンドに出会いました。
くものすカルテット。雰囲気、音楽、ユーモア、佇まい、ファッション
どれも昭和モダンを思わせるもの。
もちろん伊達男ナイトにも出演交渉済み!
以下は、公式ページからの抜粋紹介。

くものすカルテット。
1998年結成。舞台「上海バンスキング」で有名な今は無き劇団「オンシアター自由劇場」に解散までの10年間在籍し多彩な役柄で個性を発揮した俳優の片岡正二郎、20代から自主映画を撮り続けている映画監督の坪川拓史を中心に、当初カルテットとして結成された。その後、その交遊の広さから各方面で表現活動を行う仲間が集い、現在8人編成の楽隊として活動する。

歌とヴァイオリン、アコーディオン、サックス、ギター、チェロ、ウッドベースなどアコースティックな編成で、昭和初期のレトロな雰囲気を漂わせる演奏、パフォーマンスで若い世代を中心に静かな人気を呼んでいる。
演目は戦前の流行歌、昭和歌謡、ジプシー風オリジナル曲、映画音楽など多彩、またこの楽団ならではの紙芝居やオリジナル無声映画の上映をも織りまぜたスタイルなど、実験的でいながらエンターテイメントな要素を合わせ持っている希有な楽団と言える。その活動は、日本経済新聞、NHKでも取り上げられた。
ライブハウスを中心に全国を巡業し、またその独特なスタイルから函館映画祭、仙台映画祭、アートフェスティバル京都アナスぺ、碧南市大浜よいとこ祭り、などにも招かれ、各地で好評を得ている。

メンバー編成
片岡正二郎(唄/ヴァイオリン/マンドリン他)、坪川拓史(アコーディオン/クラリネット)、明田蓑(ソプラノ&テナーサックス)、多田葉子(アルトサックス/クラリネット)、平野広泰(ギター/バンジョー)、鷲津仁志(チェロ)、渡辺好律(ウッドベース)トーマス上原(パーカッション)

あがた森魚、吉田日出子、梅津和時、林海象、関島岳郎等との共演を経て、2003年夏、1stライブアルバム「おてあげ」発表、来年にはDVDの発売も予定されている。
またバンマスの坪川の劇場用映画「美式天然」は来春、全国公開が予定されている。この映画には吉田日出子、常田富士男、小松政夫、あがた森魚、山田吾一他が出演、関島岳郎が音楽監督を務めている。

くもカルってこんなバンド!
http://www.kumokaru.net/

(付録)
対バンしていたのは、
黒船レディーと銀星楽団ってナイスなバンド。

上海に行ったみたいな気分になりました。

黒船レディーの公式サイトはこちら。
http://kurofunelady.easter.ne.jp/


| テリー植田 | 映画 | 17:55 | - | trackbacks(1) |
2004.07.08 Thursday
映画「赤線」


その山田広野監督も出演する
奥秀太郎監督 中村獅童主演の話題映画「赤線」が
7・10 渋谷ライズXで遂に公開!!
ブロス的豪華キャスティング。
観た後は、ゴールデン街で飲むべし。

赤線公式ページ
http://www.nega.co.jp/aka_sen/index.html
| テリー植田 | 映画 | 13:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.08 Thursday
山田広野の活弁天国DVD vol.2


ブロスなどでもお馴染みの活弁映画監督の山田広野氏の
DVD第2弾。
ぼくは、昨年はじめて山田広野氏の活弁上映を
渋谷「青い部屋」で見て、速攻帰りにTSUTAYAに寄って
DVD vol.1をゲット。内容のくだらなさと、癒しボイスの活弁
に興奮したのを覚えてます。
今では、ぼくが開催してる「伊達男ナイト」の名物司会者。
たぶん、来年は「笑っていいとも」に出る勢いの
全国的な活躍になると思います。まじで。祝
インタビューは、「カテゴリー」の「映画」から。

| テリー植田 | 映画 | 12:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
日比野克彦 インタビュー
日比野克彦 インタビュー 2001秋
 
日比野さんとは違う媒体で3回お会いしてインタビューさせてもらった。奥田瑛二が初監督した「少女」という映画で美術を担当したのが日比野さんだった。映画のパンフレットでも紹介文を書かせてもらって嬉しかった。 この雑誌CONNECTで書いてみたいとずっと思っていた。フリーのライターや編集マン、カメラマンによって不定期に作られる雑なものを集めた「雑誌」。関わっているメンツが凄い。佐内正史、長島有里枝が撮り、川本真琴や山田ゴメス、豊田道倫(パラダイスガレージ)、川口美保(SWITCH)などがが紙面を言葉で埋め尽くす。野蛮で高級な紙の匂いがする稀な雑誌だ。



 常に時代のトップ・メディアの人である。80年代はじめからダンボールを使用した作品で若手アーティストとして注目を浴びてからは、あらゆるメディアに関わりながら作品をその時代、そのシーンに送り出してきた。ショーウィンドゥのディスプレイ、商品デザイン、広告、舞台美術、パフォーマンス、テレビ、コマーシャル、役者、ワークショップ、大学、ホームページ、ブロードバンドと活躍したシーンは多岐に渡る。日比野克彦自身が、アーティストとして作品を創りつつ表現メディアを自由自在に変えながら常に最先端のシーンに身をおいてきた。もはや日比野克彦そのものがHIBINOというメディアと言っていいのかもしれない。そしてまた新しい未知の世界に踏み込んだ。奥田瑛二第一回監督作品「少女」の美術監督を担当した。奥田瑛二とは、15年来の友人関係があり奥田瑛二もいつか映画を撮る時は、日比野に美術をと考えていたようでその念願がやっと達成した。映画「少女」は、ベネチア国際映画祭「国際批評家週間」に正式出品され、日比野も奥田監督と主演の小沢まゆとともにベネチアに飛び、ブラボーの喝采を浴びた。

  晴天の昼下がり。初台にある新国立劇場の楽屋口で待っていると、日比野克彦は、真っ白なツナギ姿で現れた。ツナギをよく見ると腰のまわりや足元にカラフルな塗料が着いている。その作業着姿さえも作品に見えてしまうポップな存在感が凄い。天気も良かったので劇場脇にある休憩所で話しを伺うことにした。前日に「少女」が大阪で公開され、「ラッシュアワー2」の初日の動員を抜いたらしいことを話すと、日比野は、ほんと?と驚きながら煙草に火をつけた。

 まずは、「少女」に出てくる印象的な美術のことから訊ねた。PRIDEで御馴染みの格闘家である小路晃演じる知能障害を持つ助政のデコレーション自転車、ジミ・ヘンドリックスよろしくサイケデリックにペイントされた車、小沢まゆ扮する陽子のぶっとんだ部屋、コンクリートの路面に描かれた大きな鳥の絵と、スクリーンに映し出されるそれらに度肝を抜かされる。

 山下清的なものは、あるんだけど。しつこいぐらいのなにかこだわり、集中力。わき目もふれずみたいな。エイブルアートといわれる、知的障害者の作品展、ものがいろんなところで開催されていて、日本でいえば山下清がいちばんわかりやすいんですけど、もうなんでそんなにこだわるのみたいなしつこさをだしたいし、一番純粋な助政じゃないですか、少女の幼さと毒気があって、少女から毒気を引くときっと助政。少年っていう響きは、少女より純粋な言葉の響きがありますよね。少女から毒気をぬいたすけまさの純粋さがあの自転車で表現できなくちゃいけなくて、ジミヘンの車よりも、同じようなしつこさなんだけど少しテイストが違うようなね。っていうのをイメージしてつつりましたね。 助政の自転車は、登場回数は多いんですけど、ジミヘンの車は、突然出てきて、突然ひっくり返って終わっちゃうから相当インパクトがないと何の意味もないなというのがあるんで、もうそれは窓ガラスからヘッドライトから。予定外なのは、ひっくり返って、裏になって裏っかわに描いてなかったんだけど。一発勝負だからね。地面の絵は、チョーク。俯瞰でいくって言ってたので、隙あらば絵の見せられる場面を増やしてやろうという魂胆があったので、もうその、あそこ一面に。子供って自分で絵を描いていくと自分の世界に入っていって、絵の中に手が吸い込まれるんじゃないかいぐらいの勢いで描いていくんで、彼女の中のイメージでは、きっとあれぐらいのサイズはあったんだろうなということで。で、陽子を説明するビジュアルってどこにもないんですよ。唯一、陽子の部屋だけで。ト書きにもふつうの少女らしい部屋ということで小道具さんがベッドとか箪笥とかもってきたんだけど、一回見に行ったらしょぼーいかんじで。かといって少女らしいってなんなの?アイドルの写真が壁にはってあるわけみたいな?それともかわいいぬいぐるみがあるわけ?おー、これ違うだろうみたいな。で、虫とか昆虫とかっていう生命力というか。地球で種が一番多いのは昆虫じゃないですか。で、適材適所にカタチを変えて生き延びていくっていうしたたかさとあとあれ、甲虫なんですけど、文様の美しさ、タトゥー的なイメージもあるんですけども。甲虫の背中の文様の美しさ、あれ全部作った時、半分に切って違う甲虫同士を貼り合わせたんですけど。半身の鳥みたいなのもイメージして全部壁にテキスタイルをして。そんな部屋に住んでるのっていねぇだろうっていうぐらいの。シーン的にも突然、じいじいがガラスから入って来て今までのノリと違うじゃない、どこ一体ここはって。



  相当ぶっとぶんですけども。陽子の部屋はそれくらいとばさないと。全てがそうなんですよ、僕の美術って。それ日常にないんじゃないのっていうくらいぶっとばしていかないと。結構、ストーリーとしてはネチョネチョ、ドロドロ、たんたんとしているところで、重くなりがちなところがあるんで。結果的に自分もあとから観るとまあ、とにかく観た人に、なんだろな、ビジュアル的に自分はこの映画の中の世界に首つっこんでてもいいんだという、まあちょっとした免罪符的な、在る意味で映画なんだよ、それぞれの気持ちを極端にあらわしてる映像作品なんだっていうものを見せる役割にはなっていうのかなと思いますね。
 異例の撮影現場であったようだ。監督とカメラマンがフレームを決めてから照明のセッティングが出来るまでが日比野に与えられた仕事時間。数十分だったり数時間だったりその都度違う。この条件は、ダンボールなどの素材を使ってきた日比野にとっては都合がいい。修復したりバラしたりするのは容易だからだ。奥田瑛二監督が日比野を起用した理由が知りたかった。熊井啓監督、神代辰巳監督らのもとで俳優として伝統的な演出術を学んできた奥田監督は、伝統を踏まえつつも今までなかった日本映画をやりたかったはずだ。日比野は、奥田監督から指名を受けたことについてこう語る。

 きっとね、僕が言うのもなんだけど、奥田さんは、僕にそばにいてほしかったんだと思うのね。美術さんに発注してね、そうやって作るんじゃなくて現場にいてほしいという。絵を描いていくんだけども、奥田さんもきっと不安な部分も当然、初監督作品だから当然あるじゃないですか。絵に関しては奥田さんも僕に一目おいてくれててるところはあると思うんで。で、僕が例えばそういった床の絵とか陽子の部屋とかやる時にきっと奥田さんの方で、自分でこう、これはこういう映画なんだよなっていうことを日比野の絵を見ながら自分でも映画という絵作りをしていく為に。うーん、日比野の絵だけがほしいってか感じではない気がしましたね。ずっと撮影してて。なんかいろいろ具体的に、日比野ここどう?っていう相談はしないんだけれど。なんだろな、全員監督の指示で動くじゃないですか。プレッシャーじゃないですか。まあ、昔からの友達でひとりぐらい、なんだろうな。対等とまではいかないけども全く映画とは違う業界の人間がいて生き抜き、ガス抜き的な人間がブレーンでいるっていうのはすごく心強いんだと思うんですけども。そういう役割もしてほしいというところがあったから美術として採用したんだと思いますけども。日本で試写観た時は、重い映画だなって、日本でこんな映画、今、意味があるのかなって思いましたけれど。奥田さん、最初からこれは外から入ってきて、逆輸入するんだっていってて。ベネチア映画祭で観た時はこれは、そういう方向性だなって。奥田さんも役者として世界に行ってるから、ただの日本の市場で映画をつくるよりは世界の中で、日本の映画の役割とか奥田瑛二、監督としてのEiji Okudaが世界のフォーマットとして何をつくらないといけないのかというのは分かってたんだと思いますよ。イマジカでちっちゃな画面で観た時は、日本で当たるのかなって。いくらでもおしゃれな映画ってあるわけだし。けど、ベネチア映画祭で観た時に奥田さんの意図っていうのがはじめて分かったことがありましたね。逆に言えば奥田さんは、外人の喜ぶ映画のツボを知ってるっていうのありますよねぇ。タトゥーであったり、少女であったり、日本のいろんな田舎の風景であったり、日本人からするとあざといと言っちゃ、あざといいんだけども。一番の成功は、あの奥田さんの原風景的な生まれ故郷をロケ地としたというところが、あたりまえの風景だけれども、日本人から見てもこだわりがある田舎の風景に見えてるしっていうところが成功の秘訣だと思いますね。

CONNECT(005)2001 FAT AUTUMN ISSUE 掲載





| テリー植田 | 映画 | 18:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
奥田映ニ監督 インタビュー
KNACK 第2号(メディアボーイ:廃刊)
奥田瑛二(俳優・映画監督)インタビュー

奥田瑛二監督第一回作品「少女」のプロモーション時のインタビュー。 パリ映画祭グランプリ作品。中年警察官と中学生の援助交際を モチーフにした大人の寓話。原作は直木賞作家の連城三紀彦。 主演の新人小沢まゆが最高にいい。残念ながらビデオにまだ なっていないようです。竹中直人より北野武より監督としての 才能はある人だと思う。



 丸坊主の大柄な男が、あいさつしながらスタジオの重いドアを開けて入ってきた。奥田瑛二さんだと分かって挨拶しようと近づいていくと、右手に携帯を持ちながら開口一番こう放った。「勝負電話が2時にかかってくるんだ。ちあきなおみの「喝采」が鳴ったら、俺の電話だからね。頼みますよ。勝負下着ってあるけど、これは勝負電話だからね。」

 80年代は、酒、女、トレンディードラマ、スキャンダルと奔放に映画やテレビの世界で俳優として生きてきた奥田瑛二が今、映画監督に挑み、それも「少女」という意表をつくタイトルの映画を撮った。男ならば、奥田瑛二という男の生き様に憧れはしないだろうか?繊細。孤独感。チャーミングマン。破天荒。無頼。スキャンダラス。ハードボイルド。画家。俳優。今、映画監督の名声まで手に入れようとしている。一体、この奥田瑛二という人はどこまで貪欲なのか?高倉健が「閉じる男の美学」ならば奥田瑛二は、「丸裸の男の美学」である。火野正平のように女性の懐にすばやくもぐりこむ愛くるしさでなく、知的に無防備を装うことでチャームポイントを掲げる。奥田瑛二は、全くもって知的な雄である。50歳にして初メガホンを握った作品が今秋公開予定の「少女」である。まず断言しよう。映画「少女」は、今年のベスト映画の一本に必ず入る作品だ。もっと言わせてほしい。近年の日本映画で、これほど香ばしく、激しく、匂う娯楽作品はあっただろうか?キャスティングも多彩だ。障害を持つ難しい役を見事に演じきった格闘家の小路晃、円熟の極めを匂わせる夏木マリ、香ばしくいぶし銀の名脇役・室田日出男。美術は、日比野克彦。日比野作品が映画の随所に顔を出すのも楽しみのひとつだ。年齢不詳の新人・小沢まゆが少女役で登場する。真っ白なフェロモンとでも言おうか。篠山紀信が撮ったデビュー当時の山口百恵に通じる純白のカリスマの匂いを感じる。驚くほどの美人でもないが時代性を超えた何かを持っている。大きな瞳と柔らかく輝く唇に惹きつけられる。奥田演出によって映画初出演にして、白く美しい裸体を惜しみなくフィルムに焼き付けた。永遠なる少女性を発揮したその白い裸体の美しさに息を呑み、劇場で全ての男は自分が雄かえるだろう。一体、奥田瑛二は、この少女に何を見つけたのだろうか?42歳になる私の知人が、20歳の少女と結婚した。男は、ある年齢に達すると永遠なる少女にオアシスを求めるようになるのだろうか?ラジオで好きな女性のタイプを聞かれたときに奥田瑛二は、こう答えたそうだ。「いっしょに隣にいるだけで、幸せと感じさせてくれる人。」 「少女」をフィルムに焼き付けて残しておきたかったのは、こういうことなのかもしれない。

 撮影の合間をぬって話を聞いた。15年も前に、名古屋の新聞社から連城三紀彦の同名原作「少女」の話を聞き、映画化の権利を得た。奥田瑛二は、話を聞いてすぐに本屋に走り、短編の40ページを読んだ。映画にしたいと思い、原作者に直接電話した。原作者も俳優本人からまさか電話があるとも思ってもいなかったようで、すでに20社からオファーが入っていたにも関わらず奥田瑛二に映画権を譲ったらしい。そんな型破りのエピソードも奥田瑛二らしい。15年もの間、完成まで紆余曲折を経てここ4年ほどで原作の「少女」という題と匂うエッセンスを残し本格的に映画化に取り組む。この時、奥田瑛二は、変りつつある風俗のトレンドを見逃さなかった。少女売春から援助交際へトレンドが移ったのだ。すでに主人公のキャラクターは、何度も姿を変えていた。原作のどうしょうもなく立ち止まっている青年、警官、中学校教師、予備校講師、そして15年経ち、また警官に戻った。原作のシーンをそのまんま使ったのは、1シーンだけで残りはオリジナルだという。読んでから観るか。観てから読むか。読者の皆さんは、是非、原作と映画を比べて楽しみ味わっていただきたい。



 自由で傍若無人な中年の警官と中学生の少女の激しくも壊れやすい恋愛を描いた第一回監督作品にしてマスターピース。あっさりと奥田瑛二は、映画「少女」をこう語る。 「嘘も隠しもない自分の、ある種、すごい原点だなと思いますよね。役者として演じることよりもこれに勝るものはなかったなと思うわけですから。」 俳優のキャリアを積んできた奥田瑛二は、映画監督をやってどう思ったのだろうか? 「お姉ちゃんをちちくりながら、こっちでキャビアとシャンペン飲んでも、それってどっか虚しかったりするじゃない。大人になっておもちゃの消防車とあめ玉もらったかんじ。嬉しくてしょうがないっていうね。」
大人になりきれない少年奥田瑛二らしい言葉だ。監督をやろうと思った42歳の時から、いつか監督として飛んでやるぞという執念を持ち続けた。役者として映画に出ても監督の目線で物事を考えた。その間、ご存知、北野武、竹中直人らが次々と監督作品を発表し世界的な評価を得る。どうしょうもなく悔しい思いを抱き、俺ならもっとやってやると思ったに違いない。長年やってきたテレビについては、ばっさりとこう切る。「テレビは、うまく大衆を利用すればいいんですよ。大衆に動かされると、あっと気がついた時にボロボロになってて、もう時代遅れになってるからね。テレビっていうのは残酷だから。僕なんかテレビとうまく付き合えないなと思ったもんだから、わざとテレビには出ないと言っちゃってたんですよ。嫌われてもいいからそう言わないと僕が前に進めなかったんですよね。」
危ない橋をわざと渡りながら、気がつけば崖っぷちにいるような殺伐と刹那的な生き方が、男としてたまらなく憧れる。そんな生き方に奥田瑛二は、ある時から自覚的になる。 「人になめられてた若い時があって、そのなめられてるのを逆手にとって宝刀三昧、無頼三昧をわざとやったっていうのがあったのね。あれが杓子定規で、淡々と線の細い俳優でずっとやってたら今ごろもういませんよ。」
奥様に最近こう言われたそうだ。「これからはあんまり吠えない方がいいんじゃない?」 しかし、奥田瑛二は、こうだ。「吠えないと、明日が来ないってことがあるんですよね。枷をはめるっていうのが、自分の生き方だったから。」この生き様が時代の風を常に感じとっているのだろう。ある時は、悪魔のように繊細に、またある時は、天使のように大胆に。「ふだんは、すんごい臆病なんですよ。自分でコントロールできない凄い達観したみたいな勇気100倍みたいな時があるんですよ。なんでこんな行動力と勇気があるんだっていう時があるのね。つまりそれは、俺じゃないんだなって思うときがある。普段は、勇気ないから電話できないっていうくらい凄いびびり屋なの。ある何かを越えたときに、出来ないことは、ないって思うの。出来ないことに躊躇するんじゃなくて、出来ることのために躊躇するっていう快感。」映画監督をめざしながら、十数年考えてきた「人間」っていうものがどんな存在なのかが分かって気が楽になったという。「人間じゃないんだ。」ってことに辿り着いた。人間であるということを認識してるから苦しむ。人間じゃないということを認識すると、楽になる。人間って誰かが名づけたわけであって、名づけた奴は、人間じゃないわけだから。人間っていうのは、飼育されていて、つまり本当の自分はもっと高尚なものであるという。それを分かって、知的雄として生きていくということが素晴らしいことだと気づいたというのだ。僕は、今年30歳になるが、この言葉を聞いて、救われたのだろうか。

  奥田瑛二は、フランス映画好きを自認するが、我慢して観ないといけない重すぎるフランス映画のようにはしたくなかった。フランス映画っぽいんだけど、イギリスの映画監督が撮ったイギリス映画の汗臭さを意識した。奥田瑛二が生まれた愛知県の隣町で「少女」は撮影された。人間にも動脈があるように、映画の中でも動脈がほしかったと語る。それが劇中にでてくる河だ。道を行き交いする人が声をかけられるくらいの街の中に流れる河は、安らぎを与える。アイデンティティーって言葉が流行っていた時に、「アイデンティティーとは、故郷だ。」と言った人がいた。無意識にアイデンティティーを取り戻すためだろうか、奥田瑛二は、故郷で撮影の90%を行った。一度は、東京に出るために捨てた故郷で。故郷っていうのは、厄介だ。好きであろうがなかろうが完全と存在するもの。故郷や国籍とかっていうのは、人間にとってどれほどの意味があるのだろうか?国際人になれと叫ばれて久しいが、よく考えると、日本人であるという意識があるから国際人になれるわけだ。故郷もそうだ。愛知県出身だから東京人になれている。僕も奈良県出身で今は、東京人なのである。奥田瑛二は、発見を繰り返す。陳腐に言えば、自分探し。国、故郷、母親、父親、男、女、愛人、妻、子供、人間ってなんだろうと。文化的情緒が、国や行政などが作った規範で押さえつけられる今の世の中。そんな世の中で何が教えられるのだろうかと奥田瑛二は考える。映画の方法論は、今でこそ有効だと監督をして痛感した。中年の警官と中学生の少女の恋愛寓話は、まさしく今の時代の空気そのものだ。
50歳にして、映画監督。いいじゃないか、知的な雄、奥田瑛二。
モーツアルトのシンフォニーが初めて出版された時は、たったの7歳で、ジョージ・バーナード・ショーは、94歳の時、芝居のひとつが初めて上演された。年なんて関係ないさ。おいくつですか?って聞かれるると、奥田瑛二はこう答えるだろう。「いくつですか??見た目だよ。」って。

 夢については、熱くこう語る。 「夢なんてくそくらえで、志しかないんですよ。夢は必ず実現しちゃうから。志は無限大。 志の低い奴は、顔つき悪いですよね。夢なんて手に入るんだよ。簡単に。夢の向こうに何があるかって、それは、志しかないんだよね。」 カメラマンの原さんが、撮影中に奥田さんに聞いたことが印象的だった。 「奥田さんが、女だったら、奥田瑛二に抱かれますか?」 照れながら腕を組んで奥田さんは、こうつぶやいだ。 「うーん。凄い質問だな。。。だまされちゃってもいいかな。」 僕は、50歳になった時、チャーミングな夢をつかむことができるのだろうか?

(麻布スタジオにて)
| テリー植田 | 映画 | 18:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
活弁映画監督山田広野 対談
SHOW-OFF エンジーさんいらっしゃい!!
〜第4回 お客さま 活弁映画監督 山田広野さん〜 (聞き手:テリー植田)

セリフの入っていない自作のサイレント映画に活弁をつける自作自演の
スタイルでヤングに話題沸騰中の山田広野さんに突撃インタビュー!
(吹き出しで、「それでは行かせていただきます!」を入れて下さい)



(テリー)そもそも活弁をはじめたきっかけは?

(山田)97、98年に8ミリで映画を撮ってまして。自主映画をやってまして。みんな監督はしっかり撮ってたわけですが、私は撮影はしたのですが、8ミリはオール・アフレコ(後から声を録音する)で、役者に頼んだんですが、みんなバイトがあるとか言って参加してくれなくって(笑)どうしようと思って。時間がギリギリで代役を探すのも無理で。でも、当日画だけつなげたフィルムを持って行ったんです、会場に。出来上がっていないこと自体許されることはなく。「いや、出来上がってるんだよ、これで。活弁映画だからさ、僕がステージ上で活弁をあてるんだ。って言ったらみんな、「そうっか!山田君映画好きなんだね。」なんて言われて。

(テリー)ハハハっ。その時は、活弁の練習とかやってたんですか?(笑)

(山田)いや、やってないです。(オフォフォ、笑)ひらめきです。(ウフっ)
知識としては活弁を知っていて、ウンチクぐらいは出来る下地はあったんですね。実際やってみたところ、台本なんて用意している訳はなく、毎回頭にあるストーリーと画面を合わせてやるんですが、かなりアドリブが必要だったんですね。毎回違うことをいってたんですけど、それが受けたんですね。どう考えても普通に上映したのよりも受けたんですよね〜。(笑)映画って出来上がったら上映するだけなんでなにも出来ない。しかしながら、活弁だと変えれるんですね。やってみて気づいたんですけど、凄く間延びした画で、カット割りがあまくても、そういう間延びした空間に活弁を入れるのにちょうどいい空間だったりするんですね。ちゃんと意味のある余白になってくるんです。

(テリー)フライヤーはリリー・フランキーさんのイラストですが、リリーさんとの出会いは?


(山田)そのころ新宿ロフト・プラスワンでリリーさんのイベント「スナック・リリー」が好きでお客さんとして行ってたんですよ。で、「次、やること決まってないから、お前映画持って来いよ。」って。で、僕は本気にして8ミリを持って行ったんですよ。映写機を会場の真ん中にすえてもらって。その時も活弁でやって。リリーさん、曰く。「世の中にはちゃんとした映画になってない自主映画はたくさんあるけど、山田の映画は自主映画にすらなりえてない。って言って喜んでくれたんですよ。要は、僕が活弁を入れてはじめて完成するっていう。出来上がってないっていう意味で。

(テリー)なーるほど!リリーさん流のほめ方ですね、それって。

(山田)8ミリの荒っぽい撮影で暗くて良くないからって、ビデオカメラでいいのがあるから貸したげるよって、貸してくれたんですよ。で、はじめて僕の映画にデジタルが導入されて。そしたら撮りあがって仕上がるまで早いわけですよね。安いし。僕の大きな事件ですね。そのおかげで今や70本撮ってます。


(テリー)その頃は、すでに今のボダンボーイ風の活弁士の格好だったんですか?

じゃなかったんですよね。いや、見てるお客さんとなんら変わりない格好で、私服で。やさ男がステージ上がってきてみたいな幹事だったんですよね〜。
2001年の頭からですね、今の格好は。活弁士が現れてステージに上がった瞬間にもう世界が出来あがってくれたほうが見る側は楽しいんですよ。で、2001年に僕が単独デビューする訳です。中野武蔵野ホールで一週間のレイトショーで。そういう服を着たかったんですよ。(ぐふっ)潜在的に。昭和初期の文化、風俗が大好きで。無理やり東洋的なものと西洋的なものが混合して、その前にも後にもない文化がそこにはあるじゃないですか!?おしゃれなんですよ、すごく。おしゃれだけど今見ると気取ったというよりレトロでもありますし。怪しいんですよ。したくてしてるっていうのと、した方が分かりやすいというのとで、趣味と実益を兼ねてあの衣装なんです。(ぐふふっ)

(テリー)なるほど、それで今の活弁士山田広野が完成する訳ですね。で、あと、山田さんのその声の魅力は自分でどう分析しますか?

(山田)いやー、これは。自分では気づかなかったですね。思ってもいなかったですね〜ぇ。確かに、幼い頃カセットテープに自分の声を録って聴いた時は、とんでもない金切り声で大嫌いだったですけど。変声期を越えて落ち着いた気持ちでいたんですけど、全然落ち着いていない声らしくて。(笑)偶然なのか、活弁をするにはどうやらあってたらしいですね。素の声でこれですから。


山田広野(やまだ・ひろの)
1973年、福島生まれ。世界でただ一人の自作自演活弁映画監督。
「山田広野活弁全国ロードショー」が大盛況で終了し人間の器を広げることに成功。
新宿ロフトプラスワン名物歌謡曲イベント「伊達男ナイト」(毎月第4土曜日開催)に
司会&活弁で出演中。女性誌の「いい男特集」にもとり上げられたイケメン色白。
山田広野HP:http://www.katsuben.net/
| テリー植田 | 映画 | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
山田広野の「実録!公開出演依頼。」第2回 山本浩司
SHOW-OFF 活弁映画監督山田広野の「実録!公開出演依頼。」
第2回 刺客 山本浩司さん(映画俳優)


取材場所:高円寺4丁目カフェ
進行&録音係:テリー植田

監督がこぞって思わず撮りたくなる顔と評す映画界のきってのシズル俳優山本浩司さん。今秋公開の映画「魁!クロマティー高校」にも出演っす!


(山田広野:日替わり「ライスボール&アイスコーヒー」)1998年、自主映画の上映会で大阪芸大出身の人で面白いやつらがいるということで、本田隆一監督、山本君らを紹介してもらったんです。その頃自主映画の上映会を頻繁にやっていて、山本君らの作品が充実していてたんですよ。山本君らも楽しい人たちですぐ仲良くなって。
(山本:単品「チリドック&水」)はじめて山田君の観たのは活弁映画「レズビアンシティー」(笑)
(山田)僕が山本君のをはじめて観たのが映画「ブーメラン2000」。サイバーパンクもの。
(山本)衝撃でした。活弁で「フィストファック」って叫んでる。(笑)笑ったんだけど、なんかその頃は笑えねえーってひそかに思ってたんだけど。
(山田)その頃、上映団体で作家の集団だったアストロキックでの上映が多かったんですよ。よく、ぼくも反則だと言われていて、ぼくは、そのへんがいいのかなって勝手に思っていて。。。(うひゃーっ)山本君の映画見たときは、自主映画って予算的なものと技術的なものってSFだと難しいじゃないですか。なのに彼のは話が面白いんですよ。だから、シナリオさえ面白ければ低予算でもSFは描くことが可能なんですよね。
(山本)大阪芸大の学園祭の催しもので映画際をやって、今で言う「刑事祭り」みたいな。みんなで作品を持ち寄って集まった時に、山下監督がぼくの顔を見てピンときたみたいで。リーゼントが似合いそうだと。
(山田)リーゼントの復権という意味で言えば氣志團よりちょっと早いですからね。(笑)
(山本)東京に来たばかりの時にいろんな監督さんのところを頼って、長谷川和彦監督とかに電話して、助監督とかエキストラとかシナリオミーティングに参加したりして。
(山田)「どんてん生活」がぴあで招待作品で上映されて、その辺から変わったことは?
(山本)うーん。彼女が出来たくらいっすかね。いや、まあ、これはおいといて(笑)
(山田)「どんてん生活」の時に、「東京ハレンチ天国・さよならのブルース」が公開されたことによってその年のキネマ旬報の新人俳優部門のベスト10に山本君がランクインするという事件があって。何位だったの?
(山本)4位で、3位は野村万斎さん。2位妻夫木聡 1位窪塚洋介
(山田)映画の作家であり、役者としても日本映画界の中枢に躍り出たということになるわけですねー。
(山田)海外の映画祭に行きだしたのはいつ?
(山本)最初は、「東京ハレンチ天国」で、本田監督とカナダ・トロントに行ったんですけど。初の海外映画祭であり初の海外旅行。その後、韓国のプジョン映画祭、香港映画祭。会場までタクシーで行ったんですけど、会場着いたら赤じゅうたんで。歩きました。会場に行く前に土産を買おうと言って、スーパーで食料品を買って一張羅のスーツにビニール下げたままレッドカーテンを歩いて。。。(笑)すごい決まらなくて。
(山田)うひゃひゃっ。決まらないねぇー。「リング」などの脚本家の高橋洋さんが山本君について言ったコメントがまた傑作で「この顔見たら映画撮りたくなるよなっ。」って。
ということで、強引にしめたいと思います。今後とも、私の活弁映画の出演、音楽、編集どうぞよろしくお願いします。


(山本浩司・やまもとひろし)
数々の自主映画制作に参加。卒業後制作した「BOOMERANG 2000」が日本各地で行われたイベント、上映会、映画祭で好評を得る。また、「どんてん生活」(山下敦弘監督)や「東京ハレンチ天国/さよならのブルース」(本田隆一監督)で主演。今後、最も映画界で期待されるひとり。本田隆一、山本浩司、横山浩基を中心に結成された映画制作チーム「ピーコックフィルム」を運営。http://www.peacockfilm.com/index2.html
映画「ヒッチハイク」(出演:寺島進)に出演&編集 渋谷ユーロスペースで公開中
グループサウンズコピーバンドの「山本ヒロシとパロッツ」のライブはUFOクラブ(7・18)で(打ち上げは石狩亭で)

【山田広野最新情報】
7月公開の奥秀太郎監督・中村獅童主演作品「赤線」に活弁士役として出演。
山田広野の活弁天国DVD第2弾発売中(ULD-178 ¥2,293)
7・3(土)伊達男ナイト@西新宿カレント
詳細は、こちらまで http://www.katsuben.net/index.html
| テリー植田 | 映画 | 17:06 | comments(0) | trackbacks(0) |