Calendar
SunMonTueWedThuFriSat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
New Entries
Archives
Categories
Recent comment
Recent trackback
パイオニアKURO
Profile
Links
Sponsored Links
Mobile
qrcode
Admin
無料ブログ作成サービス JUGEM
Seach this site
2007.12.17 Monday
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
2006.10.16 Monday
坂本美雨さんインタビュー記事


高円寺タウンマガジン用にインタビューした原稿です。
美雨さんは、教授に顔のパーツが、矢野さんに顔のかたちがクリソツでドキドキしました。サラブレッドの香りが漂う高円寺でした。
美雨さんには、猫ひろしさんを紹介する約束をして別れました。


___

坂本美雨、あの思い出の高円寺再び。

高円寺で昔から伝えられるロック伝説がある。あの坂本龍一と矢野顕子が住んでいたらしい。そして、矢野顕子が駅前のやきとり屋「大将」の常連だったらしいと。 1980年、坂本家に生まれた娘は 9歳まで高円寺に暮らし、その後家族で NY へ移住。1997 年、Ryuichi Sakamoto featuring sister M 名義でデビュー。 99 年に本名、坂本美雨として本格的に音楽活動を始めた。そして、NY と東京を行き来し猫と共に暮らしながら 1 枚の珠玉のアルバム「Harmonious 」を完成させた。母校である杉並第八小学校を訪問し撮影と取材を行った。(取材&テキスト:テリー植田  カメラマン:大澤麻衣)


高円寺は何年ぶりですか?

「一年ぶりくらい です。」

9歳まで高円寺に住んでいらっしゃったそうですが、当時の記憶はありますか?

「もうその家ないんですけど、特殊な家で、コの字になっていて真ん中に中庭があって。
父の部屋が孤立していて、廊下がなぜかすごく長くて。父の部屋にいると誰も侵入してこなくてすごく静かなかんじがして。ほとんどいなかったですね、父は。レコードの山とか本がたくさんありました。」


それを読んだり聴いたりしていたのですか?

「はい、内緒で。本当は入ったりしたらいけなかったと思うんですけど、たぶん。その静かな感じがすごく染み付いていて。特に昼間とか微妙な光が中庭から入ってきて・・・。」

そんな場所でアルバムでも歌っている大貫妙子さんの『彼と彼女のソネット』とか聴かれていたのですね。

「そうですね、その感じはよく覚えてますね。(「カフェラテ温かいの下さい。」と、オーダー)曲の記憶と直結していますね。」


音楽をやりたいと好奇心が向かっていったのは何歳のころですか?

「プロとしてだとsister M からです 。それまでもずっと歌っていましたし、詩を書いたりとか、合唱団に入ったりしていましたけど、ただ歌手になるというのが恥ずかしくて。芸能界だとかそういうものに興味がなかったので自分が表に立ってやると思ってませんでした。」

お父さま、お母さまの音楽活動はどのように思っていましたか?

「圧倒的に彼らは別世界の人たちというか、すごいと思ってました 。宇宙人みたいなもので。尊敬していましたね。自分はそこに並ぶ訳もないし、楽しいだけの業界でもないし、特に父親と母親がやってきた時代とは今は違うし。歌手デビューしようとかそういう感じにはなれなかったんです。 sister M があるまでは。」


高円寺って猫が多い街ですが、その当時から猫を飼っていましたか?

「野良が庭に迷い込んでくるんですよね。近所に二十何匹か飼ってる猫屋敷が二軒あって。リーダー格の猫がいて、猫の三大病全部持ってるみたいな汚いボス猫。その子を家族ですごく可愛がってた。7歳の時、そこの中央公園でタビちゃん(ニクキュウブロローグのトップページの猫)を拾って、その子は今も NYにいるんですけど。もう 20 年くらい一緒。」

高円寺時代の古い友達とつきあいはありますか?

「少ないですね。学校の友達は一切ないです。小学3 年生で NY へ行って、みんなに手紙を書いたんですよ。向こうに行ってからこんな生活だよって。向こうに行ったらいろんなことがショックで。特に物の大きさがすごくショックだった。ミルクから道から人まで、家もそうだし。そういうことを事細かに書いたんですね。そしたらたぶん、自慢しているように受け取られちゃったのかなぁ、その後なんとなく縁が切れてしまったんです。。。」

アクセサリーも作られてるんですね。誰の影響ですか?

「ちっちゃい頃からビーズで遊ぶのがすごく好きだったんです。育ての親ともいえる、 2 人お手伝いさんがいて。そのうちの 1 人がすごくクリエイティブな人でいろんなことを教えてくれた。その2 人は、親から教わらなかったことをいっぱい教えてくれて。人格形成にすごく影響があった人たち。手紙の書き方からスカーフの合わせ方からリボンの結び方から何から何まで教えてくれて。若い方のお手伝いさんは、絵を描いたり、ビーズで何か作ったり、料理したりとかそういうクリエイティブなことを教えてくれたんです。それで人に作ったり母に作ったりしているうちにビーズにはまっていった。」

今回リリースされたアルバムに収録される曲について教えてください。まずは「 THE NEVER ENDING STORY 」(HONDA 企業 CM 曲)ですが、どんな思い出がある曲ですか?

「1984 年の映画で、家族で映画館に行ったのはたぶん初めてだったと思う。強烈な印象が残って。楽しいだけの映画ではないですよね、哀しみがすごくある。今では哲学的なところは理解出来ますけど子供にとっては複雑な映画だったから何度も自分の中で噛みしめていて。それで主題歌が忘れられなくて、それ以降ずっと歌っていた曲なんです。」

※1983 年、 YMO解散。 1984 年、「戦場のメリークリスマス」で坂本龍一がアカデミー賞受賞。矢野顕子の「ラーメン食べたい」が教科書に掲載。

偉大な音楽家の親に対する距離感は感じますか?

「自分の親は親なんですけど、でも例えばコンサートに行って観たら全く別の存在だし、周りにファンがたくさんいて、私よりも親のことをずっと長く好きだった人がいて自分はファン以下、っていう遠い存在な感じがありました。」

カメラマン :私の旦那さんはドラマーなんですけど、 家庭の中では子供に音楽を伝えていくという行為にすごく冷静な気がするんですよ。子供に対して、好きなものは、自分で選んでいけ、って思っている感じの距離感。美雨さんは親とそういう距離感はありましたか?

「うん、まさしく。全然なにも教えてくれなかった。置いてあるものを私が勝手に選んでっていう感じ。家に帰ったらクラフトワークが鳴っていたり、 YMOも好きでしたし。初めて観た舞台は舞踏で、 山海塾を何度か観て。幼い頃は舞台って言ったら白塗りの男の人がこんなんなって踊っていると思っていた。で、がんがんテクノ聴きながら父の大きな真っ白なシャツをかぶって踊ったりして。そういう風に与えられたもので自分の好きな要素を勝手にくっつけていって。これ聴きなさいとかこれ絶対良いからとか親から言われることはその頃は一切無かったです。」

すごいですねぇ〜。そういう環境にいるっていうこと自体が普通じゃなくて、すでにとんでもなく良い教育になっていますねぇ。

「特に影響を受けた環境としては彼らの音楽に向かう時のものすごい空気感ですよね、その場のテンション。すごく子供でも敏感に感じ取っていて、とりまく人間も多かったし。その周りの人間が父や母が言ったことに対してこういう反応をしているって事とか、マネージャーはこういう気の使い方をしているとか。こういう時は絶対に声をかけたらいけないとか。そういう場面場面の空気の中にあるものを感じ取っていて、それがどれほど大切なことであるか、どれだけ価値があるものであるかということを学べたと思う。だから彼ら自身にはこれを教えてあげようだなんて気持ちは微塵もなかったはず。ここから先は大人の時間だからあっちにいきなさいとかよく言われていたし。(笑)」

これから母校の杉並第八小学校へ行って撮影しますが、どんな小学生でしたか?

「3年生までしか通ってないんですけど、その頃は背が高くて足が速くて環境も環境だったしどちらかというと目立つ存在だったと思います。暴れん坊というか、男の子いじめたりしていました。首絞めたりとか。(笑)天敵がいて。めちゃくちゃ仲悪くて。誰も寄って来れないの、私たちがケンカしている時は。 2人とも口がものすごく達者で、お互いプライドが高くて。天敵はおしゃれにサンフランシスコ生まれだったりとかお寺の娘さんでお金持ちで(笑)ある時、授業が始まる前に壮絶なケンカを教室の後ろでやってたんですよ。そうしたらみんな着席していていつのまにか先生も一緒にこっちを眺めてた。「は〜い、気にしないでいいわよ〜っ。終わるまで待ってるから続けて〜。」って言われたの。「いや、いいです。」って。すごい変な、いい先生でしたね。

家庭も小学校も普通じゃない環境ですね。最高の教育受けたんじゃないですか!(笑)じゃ、そろそろその懐かしの母校に行きましょうか!!


【プロフィール】
坂本美雨(さかもと・みう)
音楽活動に加え、連載、映画評などの執筆、J-WAVE のナビゲーター、テレビ、CM 等のナレーション、ジュエリーブランド「 aquadrops」のプロデュースなど創作の幅を広げる。
J-WAVEでロバート・ハリス氏と「 MIDNIGHT  GARDEN 」を担当。(毎週月〜木 24:00 〜24:30 )

公式ホームページ(stellarscape )
http://www.miuskmt.com/
オフィシャルサイト(ニクキュウ ブロローグ)
http://blog.excite.co.miuskmt/ jp/

【アルバム情報】
HONDA企業 CM 曲「THE   NEVER  ENDING  STORY 」、「彼と彼女のソネット」、柴草玲さんの「オキナワソバヤのネエさんへ」、デュークエイセスと共演した「遠くへ行きたい」を含む全 10 曲。
タイトル「Harmonious 」 YCCW-10024/¥2940 (tax in )now on sale
| テリー植田 | 高円寺 | 10:54 | comments(0) | trackbacks(2) |
2007.12.17 Monday
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 10:54 | - | - |
Comment









Trackback
URL : http://terryueda.jugem.jp/trackback/138
-
管理者の承認待ちトラックバックです。
-, 2007/07/01 2:23 PM
-
管理者の承認待ちトラックバックです。
-, 2008/06/21 5:01 PM