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2004.07.07 Wednesday
日比野克彦 インタビュー
日比野克彦 インタビュー 2001秋
 
日比野さんとは違う媒体で3回お会いしてインタビューさせてもらった。奥田瑛二が初監督した「少女」という映画で美術を担当したのが日比野さんだった。映画のパンフレットでも紹介文を書かせてもらって嬉しかった。 この雑誌CONNECTで書いてみたいとずっと思っていた。フリーのライターや編集マン、カメラマンによって不定期に作られる雑なものを集めた「雑誌」。関わっているメンツが凄い。佐内正史、長島有里枝が撮り、川本真琴や山田ゴメス、豊田道倫(パラダイスガレージ)、川口美保(SWITCH)などがが紙面を言葉で埋め尽くす。野蛮で高級な紙の匂いがする稀な雑誌だ。



 常に時代のトップ・メディアの人である。80年代はじめからダンボールを使用した作品で若手アーティストとして注目を浴びてからは、あらゆるメディアに関わりながら作品をその時代、そのシーンに送り出してきた。ショーウィンドゥのディスプレイ、商品デザイン、広告、舞台美術、パフォーマンス、テレビ、コマーシャル、役者、ワークショップ、大学、ホームページ、ブロードバンドと活躍したシーンは多岐に渡る。日比野克彦自身が、アーティストとして作品を創りつつ表現メディアを自由自在に変えながら常に最先端のシーンに身をおいてきた。もはや日比野克彦そのものがHIBINOというメディアと言っていいのかもしれない。そしてまた新しい未知の世界に踏み込んだ。奥田瑛二第一回監督作品「少女」の美術監督を担当した。奥田瑛二とは、15年来の友人関係があり奥田瑛二もいつか映画を撮る時は、日比野に美術をと考えていたようでその念願がやっと達成した。映画「少女」は、ベネチア国際映画祭「国際批評家週間」に正式出品され、日比野も奥田監督と主演の小沢まゆとともにベネチアに飛び、ブラボーの喝采を浴びた。

  晴天の昼下がり。初台にある新国立劇場の楽屋口で待っていると、日比野克彦は、真っ白なツナギ姿で現れた。ツナギをよく見ると腰のまわりや足元にカラフルな塗料が着いている。その作業着姿さえも作品に見えてしまうポップな存在感が凄い。天気も良かったので劇場脇にある休憩所で話しを伺うことにした。前日に「少女」が大阪で公開され、「ラッシュアワー2」の初日の動員を抜いたらしいことを話すと、日比野は、ほんと?と驚きながら煙草に火をつけた。

 まずは、「少女」に出てくる印象的な美術のことから訊ねた。PRIDEで御馴染みの格闘家である小路晃演じる知能障害を持つ助政のデコレーション自転車、ジミ・ヘンドリックスよろしくサイケデリックにペイントされた車、小沢まゆ扮する陽子のぶっとんだ部屋、コンクリートの路面に描かれた大きな鳥の絵と、スクリーンに映し出されるそれらに度肝を抜かされる。

 山下清的なものは、あるんだけど。しつこいぐらいのなにかこだわり、集中力。わき目もふれずみたいな。エイブルアートといわれる、知的障害者の作品展、ものがいろんなところで開催されていて、日本でいえば山下清がいちばんわかりやすいんですけど、もうなんでそんなにこだわるのみたいなしつこさをだしたいし、一番純粋な助政じゃないですか、少女の幼さと毒気があって、少女から毒気を引くときっと助政。少年っていう響きは、少女より純粋な言葉の響きがありますよね。少女から毒気をぬいたすけまさの純粋さがあの自転車で表現できなくちゃいけなくて、ジミヘンの車よりも、同じようなしつこさなんだけど少しテイストが違うようなね。っていうのをイメージしてつつりましたね。 助政の自転車は、登場回数は多いんですけど、ジミヘンの車は、突然出てきて、突然ひっくり返って終わっちゃうから相当インパクトがないと何の意味もないなというのがあるんで、もうそれは窓ガラスからヘッドライトから。予定外なのは、ひっくり返って、裏になって裏っかわに描いてなかったんだけど。一発勝負だからね。地面の絵は、チョーク。俯瞰でいくって言ってたので、隙あらば絵の見せられる場面を増やしてやろうという魂胆があったので、もうその、あそこ一面に。子供って自分で絵を描いていくと自分の世界に入っていって、絵の中に手が吸い込まれるんじゃないかいぐらいの勢いで描いていくんで、彼女の中のイメージでは、きっとあれぐらいのサイズはあったんだろうなということで。で、陽子を説明するビジュアルってどこにもないんですよ。唯一、陽子の部屋だけで。ト書きにもふつうの少女らしい部屋ということで小道具さんがベッドとか箪笥とかもってきたんだけど、一回見に行ったらしょぼーいかんじで。かといって少女らしいってなんなの?アイドルの写真が壁にはってあるわけみたいな?それともかわいいぬいぐるみがあるわけ?おー、これ違うだろうみたいな。で、虫とか昆虫とかっていう生命力というか。地球で種が一番多いのは昆虫じゃないですか。で、適材適所にカタチを変えて生き延びていくっていうしたたかさとあとあれ、甲虫なんですけど、文様の美しさ、タトゥー的なイメージもあるんですけども。甲虫の背中の文様の美しさ、あれ全部作った時、半分に切って違う甲虫同士を貼り合わせたんですけど。半身の鳥みたいなのもイメージして全部壁にテキスタイルをして。そんな部屋に住んでるのっていねぇだろうっていうぐらいの。シーン的にも突然、じいじいがガラスから入って来て今までのノリと違うじゃない、どこ一体ここはって。



  相当ぶっとぶんですけども。陽子の部屋はそれくらいとばさないと。全てがそうなんですよ、僕の美術って。それ日常にないんじゃないのっていうくらいぶっとばしていかないと。結構、ストーリーとしてはネチョネチョ、ドロドロ、たんたんとしているところで、重くなりがちなところがあるんで。結果的に自分もあとから観るとまあ、とにかく観た人に、なんだろな、ビジュアル的に自分はこの映画の中の世界に首つっこんでてもいいんだという、まあちょっとした免罪符的な、在る意味で映画なんだよ、それぞれの気持ちを極端にあらわしてる映像作品なんだっていうものを見せる役割にはなっていうのかなと思いますね。
 異例の撮影現場であったようだ。監督とカメラマンがフレームを決めてから照明のセッティングが出来るまでが日比野に与えられた仕事時間。数十分だったり数時間だったりその都度違う。この条件は、ダンボールなどの素材を使ってきた日比野にとっては都合がいい。修復したりバラしたりするのは容易だからだ。奥田瑛二監督が日比野を起用した理由が知りたかった。熊井啓監督、神代辰巳監督らのもとで俳優として伝統的な演出術を学んできた奥田監督は、伝統を踏まえつつも今までなかった日本映画をやりたかったはずだ。日比野は、奥田監督から指名を受けたことについてこう語る。

 きっとね、僕が言うのもなんだけど、奥田さんは、僕にそばにいてほしかったんだと思うのね。美術さんに発注してね、そうやって作るんじゃなくて現場にいてほしいという。絵を描いていくんだけども、奥田さんもきっと不安な部分も当然、初監督作品だから当然あるじゃないですか。絵に関しては奥田さんも僕に一目おいてくれててるところはあると思うんで。で、僕が例えばそういった床の絵とか陽子の部屋とかやる時にきっと奥田さんの方で、自分でこう、これはこういう映画なんだよなっていうことを日比野の絵を見ながら自分でも映画という絵作りをしていく為に。うーん、日比野の絵だけがほしいってか感じではない気がしましたね。ずっと撮影してて。なんかいろいろ具体的に、日比野ここどう?っていう相談はしないんだけれど。なんだろな、全員監督の指示で動くじゃないですか。プレッシャーじゃないですか。まあ、昔からの友達でひとりぐらい、なんだろうな。対等とまではいかないけども全く映画とは違う業界の人間がいて生き抜き、ガス抜き的な人間がブレーンでいるっていうのはすごく心強いんだと思うんですけども。そういう役割もしてほしいというところがあったから美術として採用したんだと思いますけども。日本で試写観た時は、重い映画だなって、日本でこんな映画、今、意味があるのかなって思いましたけれど。奥田さん、最初からこれは外から入ってきて、逆輸入するんだっていってて。ベネチア映画祭で観た時はこれは、そういう方向性だなって。奥田さんも役者として世界に行ってるから、ただの日本の市場で映画をつくるよりは世界の中で、日本の映画の役割とか奥田瑛二、監督としてのEiji Okudaが世界のフォーマットとして何をつくらないといけないのかというのは分かってたんだと思いますよ。イマジカでちっちゃな画面で観た時は、日本で当たるのかなって。いくらでもおしゃれな映画ってあるわけだし。けど、ベネチア映画祭で観た時に奥田さんの意図っていうのがはじめて分かったことがありましたね。逆に言えば奥田さんは、外人の喜ぶ映画のツボを知ってるっていうのありますよねぇ。タトゥーであったり、少女であったり、日本のいろんな田舎の風景であったり、日本人からするとあざといと言っちゃ、あざといいんだけども。一番の成功は、あの奥田さんの原風景的な生まれ故郷をロケ地としたというところが、あたりまえの風景だけれども、日本人から見てもこだわりがある田舎の風景に見えてるしっていうところが成功の秘訣だと思いますね。

CONNECT(005)2001 FAT AUTUMN ISSUE 掲載





| テリー植田 | 映画 | 18:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
2007.12.17 Monday
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