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2004.07.07 Wednesday
清野栄一(文学界新人賞受賞作家)対談
清野栄一(文学界新人賞受賞作家)インタビュー

文学界新人賞作家にしてトランスのDJである清野栄一。彼のたたずまい、生き方、ことば においては凄いなとしかいいようがない。旅とロックと文学を融合した端正な文体に惹かれる。ことばを職業にする小説家について自分が言葉で書くというのは相当なプレッシャーだった。寝られなかった。原稿を読んでくれた清野さんが「よくあれだけ客観的に書けるねぇ、小説書いたほうがいいよ。」って言ってくれたのが最高に嬉しかった。



 ロード・ムービーの巨匠ヴィム・ベンダース監督は云う、「MOTION IS EMOTION(移動は、感動だ。)」移動することは、人間の心に何をもたらすのか?世界中、日本中を旅と移動を繰り返し独自の作家活動、DJ活動をする清野栄一。35歳。文学界新人賞受賞作家であり、自らパーティーをオーガナイズするDJでもある。レイバーには、「RAVE TRAVELLER」の著者としてお馴染みだろう。昨年、小田原でのDJ TSUYOSHIをゲストに招いた伝説のパーティーのオーガナイザー、DJとしても有名だ。東京の外国人といった存在感と独特の異邦人のような風貌は、僕にとって明らかに異質だ。僕が初めて清野栄一という名前を見たのは、阿佐ヶ谷のレコード屋だった。「RAVE TRAVELLER」という本が棚の上のスペースにぽんと置いてあった。カバー写真に何かそそるものを感じて読まずにすぐレジに持って行った。一人称で綴られたレイブ旅行記とでも呼ぶのか。そっと置かれたような無駄のない分かりやすい言葉で語られる。ドキュメンタリー的でありながらも小説のようなバーチャルな文体とストーリー。この人のパーティーに行ってみたいと思った。数日後、いっしょにクラブでパーティーをやっているDJの篠田淳治君から電話があった。今度、代々木でフリーパーティーをやるとの知らせだった。誰とやるの?と聞いたら清野さんという人とやると言う。その清野さんとは、まさに「RAVE TRAVELLER」の著者である清野栄一さんのことだった。こんな偶然があるんだとなんだか嬉しくなった。淳治君といっしょにDJするってことだけでも興味津々だった。初めて清野さんとお会いした時に強く感じたのは、今まで会ったことのない人間の存在感だった。一体この存在感は、どこから来るのだろうと思った。

  18歳まで福島で育つ。高校時代は、パンクバンドを組み、応援団に属する。下駄にモヒカン頭。学校で酒を呑み、夜中にプールで泳いだりして遊んだ。パンクを愛す。スターリンからピストルズ、クラッシュ、キュアー、ニック・ケイブ。学生時代を経て、出版社に入る前にヨーロッパを旅していた。ロンドン、パリ、ベルリン、オランダなどを訪れるが最終的に居心地が良かったフランスに1年ほど住むようになる。フランスの印象をこう語る。
「フランスの小説が結構好きだったのと、一番住みやすいかって思って。フランスは、朝まで飲んでたりするけど、昼間は結構マジメに仕事やったりして日本人と結構似てるなと。」パリでの在住経験をもとに書かれたのが、「ブルターニュ十四番地」(河出書房新社)だ。毎日のように街の中でわれるデモ。スピーカーから流れ出る大きなリズムを感じながら、ツーリスト相手に写真を撮るバイトをして金を稼いでいた。88年から89年のパリでの出来事。25歳で出版社を辞め、雑誌の仕事で知り合った写真家のジェフ・ジョンソンさんと旅に出た。「アジアン・ジャパニーズ」の著者・小林紀晴氏とも昔からの付き合いがあったが、トラベルノベルをどういう風に、どういうテーマで書いたらいいのか分からずにいた。そんな時、日本でレイブやパーティーが始まりつつあった。ここで、旅の本を書けばいいんだと何か確信を得た。一躍、清野栄一の名前を有名にした「RAVE TRAVELLER」がそれだ。小説を書くことについては、こう語る。『小説家は、おもしろいですよ。もうめちゃくちゃバーチャルな世界だけど自分の現実とすごい繋がってたりするじゃないですか。旅行記もそうだけど、なんの枠もないでしょ。別に「あああああああああああ」って書いてもいいんですよ。書かなくてもいいとかね。自分が何を表現するかっていう時に、書くのって絶対過去のことしか書けない訳じゃないですか。すごい不自由な。すごい枠が大きくて。読んでるのは、今読んでるんですけど昔のことを書いてる、でも、未来のことも書くみたいな。写真みたいなリアリティっていうのは文章にはなくて、ストーリーにはあるかもしれないけど。家でちょこちょこやったりするの好きなんですよ。すごいオタクなんですよ。イマジネーションの世界って結構大変な世界で、素っ裸になって書いたりしてます。(笑)』紙の切り端に鉛筆で書かれたものが、トランクいっぱいにあるそうだ。最初は原稿用紙に鉛筆で書き進め、調子が出てくるとワープロに切り替える。そっと置かれているかのような文章になるまで繰り返し書かれ、原稿用紙は丸められては捨てられる。どこでやるパーティーでも清野栄一のかける音だと分かる。DJでも作家でも独特の雰囲気、文体があるものだ。そしてその文体は、常に変化していく。自分の文体っていうのが何なのかまだわからないという。何をもって文体というのだろう。その人の何かに対する姿勢、やってることがどう文章と一致しているか。簡単に言うと著者の名前がなくてもあの人が書いたものと分かるというのが文体ということなのだろうか。鶴見済氏の「完全自殺マニュアル」(太田出版)も文体であり文学だと言い切る。文字で書かれたその人の生き方、思想っていうのが文学だと。今年、35歳。体がダメになって来ているのが分かり、人生の半分が終わったことを強く感じるが、小説は、死ぬまでずっと書くつもりだという。

 日本語の話になると、清野さんはたまらなく面白い。「なんせ英語は、26個の文字しかないんだよ。かわいそうなくらいだよ。」日本語は、複雑で多くの国の文化が入り乱れるミクスチャー文化の象徴だ。結婚式は教会で、死んだら寺に眠り、正月は神社に参る。旅をしていると必ず、宗教について聞かれる。清野栄一の場合は、景色や風景がそれにあたるという。話をするうちに意外にも「修験道」という言葉が飛び出した。アニミズム(自然崇拝)に仏教、神道、陰陽道が交じり合いできた日本独自の「修験道」。経典はなく実践のみ。険しい山を歩くことが修行にあたる。僕は、吉野山の旅館で住み込みのバイトをしながら大阪の専門学校に3年間通った。休日は吉野川をカヤックで下った。修験道といえば吉野がメッカだ。清野さんとこんな話で繋がるとは思わなかった。僕は、万葉の町・奈良県桜井市で21歳まで育った。お参りは、巨人の清原選手が式を挙げた三輪神社に行くのが慣例だった。これを宗教かというとそうではなく、信仰かというと、やはりそうでもある。福島出身の清野栄一は、自らを「山の民」と認める。そういう景色や風景そのものが、彼にとって日本と感じるものだという。

 この感覚は、今までぼんやりしていたことを代わりに言ってくれた気がした。いつか清野さんといっしょに山に向かい、カヌーで川を下りたい気がした。

 オーストラリアの何もない砂漠。360度広がる地平線。響き渡るジミ・ヘン。強い意志を持ってそこに生きる砂漠の民との対峙。自分を打ち負かす圧倒的な景色と出来事の前に清野栄一は立つ。ここだよ!移動していれば生きてる実感があると云う。その状況に自分の中のどっかがやられる感覚。そこに行くということ。そこに行ってしまえば、次の場所に行きたくなる。清野栄一は、僕に考えされてくれる。移動は、感動だ。WE ARE ALIVE!! パーティーで彼のファイティング・ポーズをまた見たい。

 清野さんは、7月に新刊とCDが発売予定。ジェフさんの写真展も原宿パルコで開催予定。

 

Knack 2号 メディアボーイ 掲載





| テリー植田 | 文学 | 18:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
2007.12.17 Monday
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