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パイオニアKURO
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2004.07.08 Thursday
フォーライフ 柳沢雅之氏 インタビュー
「考える制作現場。」 (オリコンデータベース3号最終号)

第3回お客様 
フォーライフミュージックエンタテイメント 
取締役制作宣伝本部第2制作部部長 柳沢雅之さん

(インタビュー&テキスト:テリー植田)


残念ながら第3回にして最終回になるこのコーナーですが、今回は、宣伝、制作、統括と音楽業界で長年やってこられたフォーライフの柳沢氏を迎えて熱い制作現場の今をお伝えしたいと思います。モンドグロッソ、DOUBLE、BOOWYトリビュート、長渕剛トリビュートなどをプロデュースし、新人開発も積極的にされてます。



・まずは、会社に入ってから今までの仕事の流れを教えてもらえますか?

今井美樹のデビューの時。フォーライフの募集が出てたのかな。アルバイトでプロモーション部隊みたいなのが。宣伝というよりは営業販促で店頭ずっと回ってて。1,2年販促を都内近郊やっていて。クラブ系、バンド系とか新人発掘とかするのが好きなこともあって何とか宣伝に行けないかなと。で、かまやつひろしさんの宣伝担当をやるようになって、ロッキンオンとか媒体も含めてやっていたのが4、5年でした。うちの会社にはSDセクションがないので新人開発部というのが制作内に出来た時にちょうど兼務になったわけですよ。しばらくして制作と新人開発セクションをまたいでやるっていう流れになって今にいたるっていう感じですね。

・新人発掘は具体的にどういうことをやっていましたか?

毎晩ライブハウスに行くのと、僕らの時代はゴールド全盛の時代で、媒体の人らと遊びながら知り合いになって結果的に仕事でつながっているっていうケースが非常に多くて。フォーライフのオーディションがあって、ラズマタズとかDOUBLEもその中から出てきたんです。デモテープとして流れをつくるのと、個人のディレクターとして現場で行くみたいなのがありましたね。音だけでなくて、キャラクターとしてどうかというのが気になるのがありましたから。仕事というよりは、私生活に食い込んでるかんじですね。私生活の部分で、新人発掘、面白いやつに会うんだっていう。

・じゃ、天職じゃないですか!(笑)どんな新人を求めてますか?

クラブでもライブハウスでもまずユーザーありきで、ここの会場がもうパンパンで媒体の人が来ても見れないっていうような。レコード会社がどうのこうのつく前に自分たちの見せ方を非常に強く持ってるアーティストに巡り会いたいなっていうのが強いですよ。

・宣伝、制作そして今、統括的な立場になってスタンスや見方みたいなものは変わりましたか?

新人開発の視点は変わってなくて、ひとつに特化してやるほうが絶対いいと思う。あのディレクターはこういうのやるのが上手いとか。今は、統括の立場でいうと、自分がやってきたクラブミュージックだけではなくて、いろんなシーンの中で、成熟しているものとかこれから行きそうなものとか非常にいっぱいあるんでそういう意味では、適材適所のスタッフを含めたキャスティングをしていくと。

・今、音楽業界が厳しいと言われる状況で必要なスタッフやアーティストはなんですか?

スタッフでいうと、スタースタッフが欲しいんですよ。そいつがクラブでもライブハウスでもいいんですけど、友達とか動員もあってね。これしか出来ないっていうところ。それしか出来ないっていう裏づけは、そいつかどこかクラブでDJまわしたら動員もあるみたいな。そう人がどんどん作る方として発信するのはいいと思うんです。え?この人がディレクターなんだっていう。スターディレクターが欲しいっていうのがすごく思っていて。アーティストに関しては、ぶっちぎりのいい曲があるかないかっていうのが極めて大事だと思うんですよ。あと、その時代時代の分岐点にいるアーティストがいると思うんですよ。俺の中では、ラブサイケデリコ、RIZE、ドラゴンアッシュとか。そういうアーティストがすべてじゃないけど、どう出合っていって、世に出していくかっていうタイミング。そういうアーティストに逢ってディベロップしていくかっていうのは、ほんとスタッフの能力と思いますね。

(フォーライフ会議室にて)
フォーライフはこんなところ。
http://www.forlife.co.jp/



| テリー植田 | ロック | 13:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.08 Thursday
colla disc 堀猛雄さんインタビュー
「考える制作現場。」 (オリコンデータベース2月号)

第2回お客様 
colla disc 堀猛雄さん
(インタビュー&テキスト:テリー植田)


このコーナーでは、アーティストを影で支えるディレクターの仕事ぶりと制作現場の生の声をお届けしたいと思います。第2回に登場いただくのは、colla disc 堀猛雄さん。昨年を代表する新人アーティストあのFLOWの発掘人でもある堀さんにお伺いしました。
colla discは過去にキセルやトルネード竜巻などを輩出した良音レーベルです。



・入社時の頃の話から聞かせて欲しいのですが、入社はいつですか?

(堀)2001年、サッカーのワールドカップの前ですね。

・もともと制作希望でしたか?

(堀)そうですね。自分が見つけたアーティストが世の中の人に聴いてもらえるそういうことをしたいなと思って勢いで入りました。最初は、何をしていいか分からない状態が毎日毎日続いて。入ったばかりの時は、何が仕事なのか分からない。何かやってとも言われない。やばい!って思いましたね。それからは、ひたすら応募してきてるデモテープを聴いたり、夜は毎日必ずライブハウスに足を運んでいましたね。

・でそんな毎日を過ごす中で最初に見つけたアーティストは誰だったんですか?

(堀)FLOWという5人組のアーティストですね。

・FLOWとの出会いは、デモテープですか?

(堀)いや、ライブハウスに通って1ヶ月目くらいに出会いました。大宮ハーツで。これは、やばい!これは来た!って思って、次の日にメンバーに電話をしました。「ブリッツが見えた!」って言いました。今でも笑い話ですけど。曲もキャッチーでいいと思いましたね。


・ちょうどその頃、2001年は、ラウド系が過渡期で次に何が来るかみたいな時期でしたよね。今思うとタイミングよかったんですね。

・そこからはFLOWとどういう関わりをしていったんですか?

(堀)毎回ライブに行き、終わった後に反省会したり、次そろそろこういう楽曲あればライブ盛り上がるかもねとかそういった話をしつつ、ある程度かたまって来た時に1枚colla discから粗削りだけど名刺代わりにリリースしようとなってレコーディングしました。周りのスタッフは不安がってましたけどね。(笑)入ってきて急にCD出しても大丈夫かなって思ってたと思いますよ。

・インディーズ、その後のメジャーでの活躍も、ほんと凄いですね。

(堀)実際、インディーとメジャーで変わりないって言われる世の中ですけど、見え方的にメジャーのどこどこから出ているという見え方をしても悪くないと思ったんで、そういう判断(現在は、キューンよりリリース)をしました。

・いきなり入社1年目の堀さんが大金星を挙げたわけですよね(笑)社内的な評価はすごかったんじゃないですか?

(堀)いや、別にそんなことないですよ。ラッキーだったなくらいじゃないですか。(笑)
売れるまで全く一人でやったわけじゃないですからね。うちのcolla discスタッフのアドバイスとかを聞きながらやったことですから。きっかけは僕だったとしても。

・今はどういうアーティストに関わってますか?

(堀)僕は、2MCというのがとても好きで。自分の心に決めたんですが、「俺は2MCしかやらない!」と。そういうブランドが作れたらなと。colla discの2MCのいいよねって言われるようなのがブランドとして出来たら面白くなっていくじゃないかと思ってます。新しい2MCの5人組で今年いろいろやって行きます。

・今年の音楽シーン、ロックシーンについてどうなると思いますか?

(堀)実際今見ていて正直読めないですね。これ終わったかなって思うのが来てたり、あそこはないかなって思っていたのが来たり、次来るかなって思ってたのが意外と来なかったりと。


担当されたFLOWのCDがこれ。


colla discってどんなレーベル?
http://www.colla-disc.com/top.htm
| テリー植田 | ロック | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.08 Thursday
Smokey&Miho 「人間の大地」
月人間の土地
人間の土地
Smokey & Miho

昨年夏リリースされたSmokey&Mihoのアルバム。
昨年のマイベスト3にチャートイン。夏の傑作。
“チボ・マット”のボーカル羽鳥美保(Miho)と
あのBECKのギタリストSmokeyがブラジル音楽で融合!
クーラーよりずっと、涼しい。
インタビューは、「カテゴリー」の「ロック」からお読みください。

 
| テリー植田 | ロック | 12:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.08 Thursday
Sheila.Eにドネイションを渡しました。
シーラが行っている
Lil' Angel Bunny Foundation (LABF)の活動は、
虐待や見捨てられた子供達を音楽で癒そうというもので、
今はその子供達を保護するための施設を建設予定で募金を募っています。
それにプリンスやシーラのファンたちからドネイションを募って
先日、渋谷DUOでライブを行ったシーラに手渡ししました。
ほんとうに喜んでくれてよかった。

| テリー植田 | ロック | 00:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
IN-HI インタビュー
http://www.vibe-net.com/musicinfo/interview/data/inhi.html
| テリー植田 | ロック | 19:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
キングレコード ディレクター本田丈和さんインタビュー
「考える制作現場。」(オリコンデータベース2003年12月号)

第1回お客様 
株式会社キングレコード bellwood ディレクター 本田丈和さん
(インタビュー&テキスト:テリー植田)



このコーナーでは、アーティストを影で支えるディレクターの仕事ぶりと制作現場の生の声をお届けしたいと思います。第1回に登場いただくのは、キングレコードbellwoodレーベルのディレクター本田丈和氏。あの「戦メリ」をリアレンジしたシングル「悪巧み」が話題のロットングラフティーを担当されてます。


・まずは、キングレコードに入った当時の仕事ぶりから聞かせて下さい。

入社7年目で、入社1ヵ月後に福岡営業所転勤になって。面接の時から制作志望だったんですが。20代の営業選手が僕一人で、1年目からタワーレコードとかに営業に回ってました。福岡郊外のお店とかも行ってましたね。CDのサンプルと注文書持って。福岡市内からバスで2時間とかで、行ったら閉まってたみたいな。(笑)その頃は新人で谷口崇くんがいましたね。後は、エヴァンゲリオンのサントラですね。特に地方だと演歌主体で、アーティストがキャンペーンで来たらいっしょに店頭の挨拶回ったり、健康センターみたいなところでカラオケ大会に行ったり。

・そうやっていろいろ仕事やっていく中で本田さんのディレクターへの道はどう開かれていったのですか?

3年目になると今、自分に何が出来るのかと思って。今、福岡にいるのは逆にチャンスで、東京にいるディレクターが出来ないようなことをやろうと思って、ライブハウスに通って店長と仲良くなったり、インディーズコーナーのCDを買いあさって面白いのがいたらライブ観に行ってメンバーに話しかけたりとかしましたね。

・で、いよいよ本田青年は、東京に戻ることになるんでしょうか?!(笑)

いよいよ、本田第2章の幕開け。(笑)その頃スネイルランプがブレイクした時で。岩淵さんというディレクターがいて、他にもアーティストをかかえていてアシスタントが欲しいと。で、打たれ強そうな僕ともう一人がアシスタントになりました。

・それは、ラッキーですよね。で、制作1年目はどうでしたか?

移動してきた週末にザ・3ピースのレコーディングがあって、ディレクターが別の用があるからレコーディング行ってくれと言われて任されて。レコーディングって何したらいいの?みたいな世界で。分からないまま現場を見て、先輩の代わりに書類書いたり、レーベルコピー作ったりとかしていつのまにか仕事覚えたって感じですね。

・その当時、送られてくるデモテープは聴いたりしてましたか?

聴いてました。僕の判断材料はデモテープなんですよ。ライブも観に行くんですけど、メジャーシーンでやっていく欲があるのかとか、アレンジのアイデアを持っているかというのは、ライブで格好いいというだけでは判断出来ない。デモテープで格好いいと思ったのをライブ観に行くというスタンス。で、ロットンのデモテープがあって。それまで何千本と聴いて取っておいたりするんですが電話するまでには至ってなくて。ロットンの場合は、聴いた瞬間に面白いと思って、2曲目、3曲目と聴いてすぐ電話しました。

・今後、ディレクターとしてどんな仕事をやって行きたいですか?

今後は、作るチームとタッグを組んでA&Rに徹するものもやって行きたいですね。やるものは、とことんマネージメントの領域までやって行きたいですね。それと、音楽的な匂いのするレーベルを作って行きたいですね。

ロットングラフティーはこんなバンド。
http://www.rotten-g.com/

キングレコードはこんな会社。
http://www.kingrecords.co.jp/

担当されたCDがこれ。




| テリー植田 | ロック | 18:50 | comments(1) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
ゴーイング・アンダー・グラウンド インタビュー
ゴーイング・アンダー・グラウンド インタビュー

この男子の蒼さよ、いいよなぁ。素生くんのあの顔からあの言葉、あのフレーズ、あのメロディーライン。男なら分かるんだよねぇ。 (Knack 4号) あるがまま、今のまま。イージー・ゴーイング。 23歳たちが鳴らす「僕らの普通」の詩。ゴーイング・アンダー・グラウンド初登場!!



 JAM(ポール・ウェラーが在籍したイギリスの伝説的モッズバンド)の名曲からバンド名をつけた。初ライブ前にバンド名がないといくらなんでも出来ないという理由で。ちょうどその時聴いていたのがJAMだった。桶川出身の5人組バンド。中学時代からいっしょになって遊んでいた仲間がバンドやろうぜ!といったいきごみもなくなんとなくそれぞれが楽器を持ち、スタジオに入って曲をつくりただ楽しんでいただけだった。松本素生(ボーカル・ギター)、中澤寛規(ギター)、石原聡(ベース)、伊藤洋一(キーボード)の4人に河野丈洋(ドラム)が加わり「ゴーイング・アンダー・グランド」となり、ゴーイング列車は走り出した。ライブを重ねていく程知名度は高まった。そして気がつけばメジャーデビューのCDが1枚完成した。タイトルは「かよわきエナジー」。歌うは、松本素生。一般的なボーカリストのイメージをチャーミングに裏切ったその風貌から届く歌声が優しいサウンドといっしょになって耳になぜか残る。5人とも23歳の同級生だ。この23歳たちが鳴らす音は、興味深い。いや、興味深い音でなく興味深いイメージで僕の耳を刺激し脳に伝える。「夕暮れ」「いつか僕が」「友達を誘って」「さみしいのは」「忘れそうでも」こんな簡単でありふれた「普通」の言葉がどうして今年30歳になる僕の耳とココロをキュッと結びつけるのかと取材前にずっと考えていた。メンバー5人と東京FMのラジオの収録前にホテルのラウンジで会うことになった。音楽雑誌なんかで見るのよりもいたってごく普通。スーファミ、セガサターンでサッカー大会、架空のラジオ番組をみんなで作ったり、焚き火をして焼きイモを食べたりして学生時代をみんなで過ごした。友達というちょっとした年輪を毎年増やしながら。女にもてたい!バンドやろうぜ!音楽で喰っていくぞ!いつかブリッツでライブやりたい!なんていう発想や力みは微塵もなくただ、桶川の5人組は、いっしょに時間を過ごしていた。その頃、どんな音楽を聴いていたのだろうか?「高1の時は、もうモッズでしたよね。昔のばっか聴いてましたね。WHOとかJAMとか。今まで生きてきた中通して、ないですね。これっていうジャンルを聴いてきましたっていうのは。いい歌は全部なんでも聴いてきたし。」と松本素生。河野丈洋が、続けて「高校の近くに図書館があったんですよ。そこでタダでCDが借りれたんですよ。1回で2枚とか。充実してて世の中でいいと言われている音楽がいっぱい揃ってて、聴きあさるたびに感化されて。いろいろあったよね、モッズとかネオアコとか。どれも好きなんですよ。ジャンルってあっていいんですけど、いろんなもの雑食で好きだから凝り固まったものを作りたくない。テクノでもすごいポップな曲とかあるし。ジャンル分け出来ないっていうのは、そういうことだと思うんですけど。」影響を受けたアーティストなんていない。メンバーそれぞれが聴いていた好きな音楽でそれぞれが影響しあった。ジャンルという不自由さはなく5人の音がただ鳴る。これからゴーイング・サウンドが変っていく可能性はある?と聞いた時の松本素生の答えにハッとした。「可能性はありますね、絶対に。5人で楽器もって人間が音を出さなければいけないっていう決まりも全くないし。」曲のつくり方が面白い。スタジオに入ってゼロから五人同時進行でサウンドを重ねていく。各楽器パートや言葉も含めて何かに当てはめるという行為はない。サウンドに言葉を当てはめない。言葉にサウンドも当てはめない。歌うことについては、松本素生はこうだ。「だいたい歌いたいこともないのに、言葉が思い浮かんでないのに歌なんか作れるわけないよというか。当てはめるだけじゃないですか。歌詞を、言葉を。そう言うんじゃなくて。歌いたいことがあって、こんな曲に乗せて歌いたいんだってみんなに持っていって、そこで即興でやっちゃうんですけど。イメージは、すごいあって。例えばここから窓を見てちょっと曇ってる感じだけどいい感じだみたいなイメージがあって、そういうの思ってると自然と言葉が出てきて。」歌うことに対して言葉やイメージが浮かぶていうのが単純な動機だ。僕が学生だった10年ほど前に教わった先生が怒りぎみにこう言っていたのをふと思い出した。「お前、普通、普通ってな。普通なんかないんだよ、何と比較して普通って言ってんだ?!」しかしながら、ゴーイングのメンバーと話していると他人と比べることなく、「普通」が突出している気がした。今の時代、23歳たちの「普通」が有効なカラーを持つのか?いや、何か言い表せない大事なそこらへんの「普通」を僕が忘れていただけなのだろうか?いやいや、この単純さがいたって音楽に対して「普通」であるからこそ僕の耳に言葉が音として耳に響くのだ。きっとそうだ。

「その10メートル先を抱きしめたいだけ
その10メートル先を・・・(イエーッ!!)」

 「凛」より 歌うことが少し恥ずかしくなくなったという松本素生が、それでも少し恥ずかしげに言い放つ「イエーッ!!」が僕はたまらなく好きだ。

 「音楽がずっと好きで胸がわくわくするもので、5人でバンドやって楽しければ結構あとは、なにやっててもいいというか。今は、メジャーっていうところにいるけれど、そうじゃなくても普通に働いててもいいだろうし。レコードデビューしてそれで、生計立てて行こうってのは、考えられないっていうか、無理だろそんなのっていうか。音楽楽しくて、バンドも楽しくて、いつでもレコード聴く時はワクワクして、それで普通に友達もいて恋人もいれば結構パーフェクトじゃないかなと思いますけどね。」と松本素生が話したのは間違いなく本音だと思う。 あっ、そうか!松本素生って、素で生きるって書くんだよね。

 

Knack 4号 掲載





| テリー植田 | ロック | 18:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
氣志團 綾小路翔 インタビュー
氣志團 綾小路翔 インタビュー

今となっては、知名度はそうとうなものな氣志團。メジャーデビューが決まる前の貴重なインタビューかも。新宿ロフトでライブ後の団長の翔ヤンに雑誌を手渡してこれで取材させて!といって紙切れに携帯番号を書いてもらったことを覚えてる。取材の時もしこんでいたかのようないつものネタ攻撃でしゃべりっぱなしだったな。



 BOYの季節がやって来た!!都内ライブハウスの一番人気をかっさらうハイティーン・ブギな男闘呼達。口コミで噂が噂を渦巻き、客を呼ぶ。その名は、「氣志團」。KNACKの編集部に1枚のモノクロコピーのフライヤーが置いてあった。学ランでメンチ切るようにプライベートサングラスをしてカメラを見据えたメンバーの上に「行儀よく 真面目なんて、出来やしなかったんだ。」のキャッチコピー。鳥肌実よろしくマジの狂気なのか緻密に計算された極上の演出なのか一見分からないビジュアル。ロゴ、ポーズの決め方、メンバーのネーミング、キャプションのつけ方、レイアウトに至る細部にまできっちり音楽と笑いとエンターテイメントに対する愛情が行き届いている。メンバーは、ボーカル、團長の綾小路翔。(「ハイティーン・ブギ」の主人公と同名)ダンサーの早乙女光。ギターの豊グランマニエ。ギターの西園寺瞳。ベースの白鳥松竹梅。ドラムの白鳥雪之上と、ハイスクール奇面組も真っ青の徹底ぶりだ。取材前の週に新宿ロフトで彼らのライブを観た。やられちまった。場内は、大爆笑の渦。ギャル達の胸キュンハートをわしづかみなのである。ライブ前に流れる音楽も、僕が小・中学生の頃にザ・ベストテンや深夜ラジオでよく耳にしていた曲ばかりだ。コンプレックスの「BE MY BABY」をBGMにお決まりの「氣志團」の刺繍入り学ランに、プライベートサングラス、リーゼントのいでたちで登場。この瞬間、今年30歳になる僕は、青春を取り戻した気分になった。中学生の頃、ちょうどテレビで放送していた「スクール・ウォーズ」を思い出す。受験勉強、初恋、憧れの女教師、部活、塾通い、授業さぼり、早弁、ヤンキーの先輩、ケンカ、バンドブームなどどれも青春の思い出ばかりが赤裸々によみがえる。どんな音かって?痛くて甘く切ない青春ヤンクロックさ。ヤンキーは、いつの時代も僕らのスターだ。矢沢永吉、近藤真彦、BOOWY、モーニング娘まで。ライブは、早期必見。7月には、なんとオンエアーでのワンマンが決定で早くも暴走気味だ。紛れもなく今年は、氣志團元年。奴らが走り出した。ピリオドの向こうの夢に向かって、その向こうに志を掲げて!!

 綾小路翔は、小学校1年生までは、いじめられっ子。変った名前、汚らしい坊主、父親が黄色いフォルクスワーゲンを乗っていたせいでいじめられたという。いじめられないようにするには、どうしたらいいか?翔少年は、考えた。クラス会長に立候補!!そこそこ勉強はできて、先生に気に入られるタイプだった。自ら悪環境をはねかえし、綾小路キングダムをクラスの中で徐々に築き始めるが、4年生の時にスポーツのできる人気者や暴力大将が現れるのだ。綾小路、危うし!しかしながら、サッカーでレギュラーの座を獲得、マラソン大会でも5番に入った。暴力大将も、ひそかに体を鍛えて倒してしまう。ついに、生徒会長に立候補し人前に立つことがおもしろく快感になる。そんな時、決定的な出来事が起こる。「ある日、恋をしまして。その娘がですね、人気者の僕にちっとも振り向かないわけですよ。。。」綾小路は、ここでとっておきの作戦にでる。スポーツ少年がモテたのを逆手に、休み時間が終わると、グランドに駆け出しケンカをおっぱじめる。でも昼休みだけは、必ずその娘が視界に入る場所でベランダから遠くを眺める。なんともヤラシイ小学生だ。綾小路君、あんなに元気なのに昼休みはどうしてあんなに切なそうにしているんだろう?ってその娘に思わせるのだ。名づけて、「涙ボーイ作戦」(by綾小路翔)それでも一向に振り向いてくれなかった。さらにその娘が通う公文式の塾の日程表を盗み、その娘が通う曜日に塾の前で視界に入る所で立つようになる。立派なストーカーの先駆者ぶりを発揮。夜中にどうしようもなくその娘の家に行ってしまった。そこで、とんでもないものを綾小路は発見してしまうのだ!!その娘の机の上に、光GENJIの山本淳一の下敷きが!!この娘くらいになると、クラスの奴らなど眼中になくジャニーズのスターを相手にするのだと妄想を膨らます。それにしてもセンスねぇなーって思いながらも。それからジャニーズ入りを目指すようになるが、親には、「そういう風にあんたを産んでないから。」と軽く一蹴。ジャーニーズの夢破れ、葛藤が続く日々。「な、な、何したらいいんだよおぅ?!俺。」中学に入り、音楽をかたっぱしから聴くようになる。ブルーハーツ、光GENJI、チェッカーズ、セックスピストルズ、クラッシュ、オールディーズなど。親が居間にいない間、AV専門誌「ビデオボーイ」を片手に小森愛や冴島奈緒のアダルトビデオをこっそり観たり、「宝島」の通販でどうしょうもないストーンウォッシュの短いライダースなど買いあさり、東スポの「男の専門誌」を読みふけりトイレで悶々とオナニー。家族の団欒が失われると言って父親はテレビを拒絶。オールナイト日本の2部を聴き終えると東京新聞の配達に出かけた。綾小路翔の演出の原点は、こういった悶々とした中学青春の妄想にある。そんな素敵な恋じゃねーだろってのをどんどん勝手に膨らまして、片思いが両思いにまでなっちゃう。その膨らんだカタチが、胸キュンで、エンターテインメントしてるところが「氣志團」の本物たる所だ。コミックバンドに見られているだろうが、そうじゃない。ライバルは、BUMP OF CHICKENとGOING UNDERGROUNDと豪語する。綾小路のこの言葉に本気(と書いてマジ)を感じた。「俺だって、天体観測しながら、願ってるんだよ。甘えてんじゃねーよ。オマエら。俺だってそうだ。というか、オマエらの気持ち分かるよ。。。カタチこそ違えど、伝えたいことは同じっていう。いっしょにツアーやったら泣いちゃうかもなー。。。」一番切ない頃の思い出を書き綴った新曲が6月に出るそうだ。メンバーが撮影に1時間以上遅れて来たのには参ったけど、タクシー降りるなり土下座してくれたので許してあげちゃう。もー、ほんと憎めないんだからズルイよな。翔ちゃんったら。


Knack 2号(メディアボーイ)掲載





| テリー植田 | ロック | 18:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
Smokey&Miho インタビュー
Yahoo!music  Smokey&Miho インタビュー


自分たちのフィルターを通したブラジルの音楽みたいなもの。そういうバンドがいてもいいんじゃないかって。音楽ってさ自由なもんだと思うのよね。

NY在住日本人女性ユニット“チボ・マット”のボーカル羽鳥美保(Miho)とあのBECKのギタリストSmokeyがブラジル音楽で融合!Smokey&Mihoのデビュー・アルバムとなる「人間の土地」がGUTレーベル復活第1弾としてリリース。大絶賛のトロピカリアな世界とは?Mihoに話を聞いた。
―――


「まずは、Smokeyとの出会いを教えて下さい。」

(Miho)「彼は、LA出身なんだけど、NYに引っ越して来たの。それで、お互い引っ越して来たからジャムしたり、曲つくったりし始めたの。前からSmokeyと私は凄いブラジル音楽が好きで、いつもツアーとかで会うたびに、これ聴いたあれ聴いたみたいな感じでやってたの。5年前くらいにもらったテープがあって。それがバーデン・パウエルとヴィニシャス・ジ・モラエスの“Os Afro Sambas”だったわけ。ほらさ、例えば、人に会って初めてだけどすごい懐かしく感じる人とかいるじゃない。ほんとそういう感じだったの。ヴァーデンパウエルが亡くなったの2000年かな。彼に捧げようってことで“Os Afro Sambas”を全曲覚えて、NYのトニックっていうライブハウスがあるんだけど、そこでやろうってことになったの。だから2000年くらいからこのバンドをやりはじめたの。」

―――「じゃ、Smokeyとは自然に出会って一緒にやるようになったんですね。」

(Miho)「そうね、彼もツアーとかで世界中廻る忙しい人なんだけれど、NYにいる時は、いつもうちに来て曲とか歌を作るの。」

―――「ブラジル音楽はいつぐらいからのめり込むようになったのですか?」

(Miho)「10代の頃にはソニック・ユースとかロックにはまってたの。でも、ある時セルジオ・メンデスの「66」のアルバムを買ったのね。ジャングルっぽいところにメンバーが立ってるジャケット。それ凄く新鮮に感じたわけ。ブラジルのトロピカルなところから生まれてきた音楽というかね。プロダクションが素晴らしいと思ったの。セルジオ・メンデスって天才的な素晴らしいアレンジャーだと思うの。それと、彼らがカバーしている歌っていうのは、ほんとにブラジルのいい曲を集めている。なんか大ベスト盤みたいな。それからブラジル音楽、ボサノバにはまっていったの。で、NYに行った時にアート・リンゼイと出会ったの。その時、彼がテープを作ってくれたの、ベスト・ブラジルの。それが、トロピカリアな選曲で、すっごい気に入っちゃって。スイッチ押されたかんじで。私、こういうのやりたいって思ったの。」

―――「チボ・マットもそうだと思いますけど、自分たちのフィルターを通して何が表現できるかってことですね。」

(Miho)「そう、そう。若い頃からボサノバはよく聴いていたわけだけど、トロピカリアなものとエレクトリックなサウンドとか入ってるしさ、自分が若かったころにやりたかったサウンドに通じるものがあったわけ。ブラジル音楽の美しいメロディーとロックっぽいものを融合出来るんだっていうさ、新しい発見みたいな。」

―――「アルバムタイトルが、『人間の土地』ですが、出会いや音楽の融合が出来るのはやっぱりNYという土地に住んでいるからこそですか?」

「たまにそういうこと考えるの。土地柄と創造物っていうのかな。私がやりたかったのは、私もSmokeyもブラジルで育ってないから本場のようなことは出来ないわけ。ポルトガル語もしゃべんないし。けども、NY盤っていうか、自分たちのフィルターを通したブラジルの音楽みたいなもの。そういうバンドがいてもいいんじゃないかって。音楽ってさ自由なもんだと思うのよね。」
                         (取材・文 テリー植田)
| テリー植田 | ロック | 17:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
2004.07.07 Wednesday
SMORGAS 対談
SHOW-OFF エンジーさんいらっしゃい!!第3回
今回の刺客:SMORGAS MC来門さん、ギターのSENSHO1500さん

まったくライブかよ!って思うくらいの激ノリ激ヤバトーク満載の取材となったお二人さん!高円寺での思い出深〜いお話もゲット!



テリー:今まで生きてきた中で「衝撃」的だったものを教えてもらえますか?!

来門:一番最近の衝撃は、AT THE DRIVE INのサマーソニックでライブ!テレビで見たんだけどほんとカッコイイ、アフロ2人いた!あと、新しいアルバムで出来るきっかけになったのは、プロスノーボーダーがいるんですけどファースト・チルドレンっていう。いっしょにスノーボードした時の彼らのすべりには衝撃受けましたね。スムーズライダーって曲は彼らに捧げる曲なんですけど。5年位前から彼らのことをリスペクトしてて、その時カナダの山で滑ってたんですけど、日本人のスノーボードの軍団がいるからビデオゲットしたから見てよって。で一昨年くらいからビデオの中でスモーガスの音を使い出してくれて、ほんとみんな仲良くなちゃってそれがほんと衝撃受けちゃって。

SENSHO:おれ凄い釣りが好きで。

テリー:つり吉ですか!

SENSHO:つり吉は、放送禁止用語なんで。。。つりキ●ガイなんで。。。つり吉三平は再放送できないんですよ。

SENSHO:最近、スズキ釣りをやってて。最初は千葉に遠征してたんだけど、たまにぽっと行っても釣れないんですよ。で、どうしようかなって思って。近場で荒川にスズキが上がってきているって情報をゲットして、ここなら電車で行ける!って思ってそれから週4くらいで1年くらいずっと通ってて。それでも釣れなくてやっと去年の11月にデカイの釣りまして。こんなデカイルアー投げて。トップウォーターつって浮いてるルアーなんすよ。どんぶらどんぶら流れてていきなりどぅぅわぁあ〜って、うわぁー、やべーっ!みたいな。
リールがきぃい〜とか鳴り始めて。

来門:立ち入り禁止のポイントとか。包囲網かいくぐって。サーチライトはってるとこをね、こっちー、もう帰るよぉ〜!とか言って。

SENSHO:ホントはだめなんすけどね〜。

来門:もうひとつ言わせてもうと、こないだのヴァレンティーナ・ロッシェ。ファイナル・ラップのあの抜き方は衝撃!もう素晴らしい!ブラボー(拍手パチパチ)
あとは、食べ物では、最近、寿司がダメになってきたんだよね。

SENSHO:それ衝撃的だよね〜!

来門:黄金の道ってシングルできた時、スタジオで寿司たのもうよって。一口食ったらまずいって。(笑)

テリー:高円寺に美味い寿司屋があるんすよ。

SENSHO:桃太郎寿司!

テリー:も美味いんだけど、SHOWBOAT近くの七福神ってのが美味い!朝までやってて。

SENSHO:新宿のでっかい郵便局の向かいに立ち食い寿司屋ってのが出来てて、そこがいいですね。立ち食いだから回転率もよくってネタが新鮮で。エンガワとか白身系の塩で食べるやつが美味いですね。

来門:寿司の雑誌の取材みたいだなー。(全員大爆笑)さっきから魚ばっかだなー!(笑)

SENSHO:あと、●●●●って九州のラーメン屋があってそこのラーメンがしびれて食えないんですよ。。。。食べると体がしびれるんですよー。(大爆笑)

テリー:高円寺はよく来るの?

来門:20000Vはほんと危ない場所なんすよ。(笑)髑髏首に誘われてライブやった後にベロベロに酔っ払って駅前のよく音楽やってるじゃないですか、それを俺が見てちょっかいだしてる時に髑髏首に「おい〜!なになってんだよー」って止められたね。(笑)最高だったね、あれ。

※この後もアブナイトーク満載でしたが、一番アブナイ部分を掲載させていただきました。(笑)

【SMORGAS TOUR FINAL】
11・2渋谷AX
info:BUZZHEADS 03-5466-4123
http://smorgas.net/











| テリー植田 | ロック | 17:13 | comments(0) | trackbacks(0) |